若い会社勤めの女性、佐藤真由美は毎日忙しい生活を送っていました。実家で両親と暮らしながら、日々の仕事に追われる彼女は、ストレスを感じることもしばしばでした。そんなある日、真由美は家にまっすぐ帰るのが嫌になり、気分転換に一人で近くの蕎麦屋に立ち寄ることにしました。
蕎麦屋に入り、カウンター席に腰を下ろした真由美は、店主のおすすめの蕎麦とともに、見慣れない銘柄のお酒を注文しました。そのお酒は「夢見月」といい、香り高く、爽やかな後味が特徴でした。真由美はそのお酒の美味しさに感動し、ついついもう一杯と飲んでしまいました。
「こんなに美味しいお酒、初めて飲んだなあ。」真由美は思わず声に出してしまいました。
店主は微笑みながら、「夢見月は特別なお酒でね、ちょっと不思議な効果があるんだよ。」と意味深な言葉を残しましたが、真由美は深く考えずにお酒を楽しみました。
少ししかお酒を飲んでいないのに、その日は酔いが回り、思ったよりほろ酔い気分になってしまいました。蕎麦屋を後にした真由美は、ふわふわとした足取りで家に帰り、いつも通り自分の部屋で眠りにつきました。
翌朝、目を覚ますと、真由美は何か自分の部屋がいつもと違う気がしました。いつもの机、いつもの棚があるのに、棚の中にある大量の本の中に見覚えのない本が一冊混ざっていました。
「こんな本、買った覚えないけど…」真由美は不思議に思いながらも、その本を手に取り、パラパラとページをめくりました。内容は普通の小説のようでしたが、表紙には見たこともないタイトルが書かれていました。
さらに、部屋に飾ってあるかわいい置物の中にも、見覚えのないものがいくつかありました。
「こんな置物、いつ買ったんだろう…?」真由美は首をかしげながら、リビングに向かいました。
リビングに行くと、いつも通り、お父さんとお母さんが朝食をとっていました。しかし、真由美は何か違和感を覚えました。お父さんとお母さんは、いつもの性格、いつもの声、いつもの見た目なのに、何かが少し違う感じがしたのです。
「おはよう、真由美。今日は何か予定あるの?」お母さんがいつものように声をかけました。
「うん、特に変わりないけど…」真由美は曖昧に答えながら、その違和感に戸惑いました。
会社に向かう途中でも、同じような感覚が続きました。いつもの道、いつもの駅、いつもの電車、いつもの会社、そしていつもの同僚たちがいるのに、何かが少し違うのです。
「おはよう、真由美。昨日のプロジェクトはどうだった?」同僚の田中が声をかけました。
「おはよう、田中さん。プロジェクトは順調だったけど…」真由美は自分でも気づかぬうちに、言葉を濁していました。何かが違うという感覚が強まる中で、彼女は一日の仕事をこなしました。
仕事が終わり、家に帰る途中、真由美は再び蕎麦屋に立ち寄ることにしました。あの「夢見月」というお酒が、何か関係しているのではないかと思ったのです。
店に入ると、店主が真由美に気づき、にこやかに迎えました。「おや、昨日も来てくれたね。どうだった、夢見月は?」
真由美は思い切って尋ねました。「実は、昨日から何かおかしいんです。家も会社もいつも通りなんですが、何かが少しずつ違う気がして…」
店主は少し驚いた表情を見せましたが、すぐに真剣な顔になりました。「それは…もしかすると、夢見月の影響かもしれないね。このお酒は特別で、飲んだ人を別の世界に連れて行くことがあるんだ。」
「別の世界…?」真由美は困惑しました。
「そう。似ているけど、少しずつ違う世界だ。そこではあなたの知っている人たちも、少しだけ違って見えるんだよ。」
真由美はその言葉に驚きと共に、妙な納得感を覚えました。「どうすれば元の世界に戻れるんですか?」
店主は優しく微笑んで言いました。「夢見月をもう一度飲むことだ。今度は少しだけ違う方法でね。」
店主の指示に従い、真由美は再び夢見月を飲みました。今回は、飲み終えた後に深呼吸をし、目を閉じて心の中で「元の世界に戻りたい」と強く念じました。
その後は、いつも通り、美味しくお蕎麦を食べて、家に帰り、いつもと少し違う自分の部屋の別途に入り眠りにつきました。
目を開けると、真由美は再び自分の部屋にいました。いつもの机、いつもの棚、そして棚の中には見慣れた本だけが並んでいました。リビングに行くと、お父さんとお母さんがいつもの笑顔で迎えてくれました。今度こそ、違和感はありませんでした。
「おはよう、真由美。今日は何か予定あるの?」お母さんがいつものように声をかけました。
「うん、特に変わりないけど…」真由美は安心して答えました。
その日から、真由美は普通の生活に戻りましたが、夢見月のことは忘れられませんでした。もう一つの世界での出来事は、彼女にとって奇妙でありながらも、貴重な経験となりました。そして、時々思い出すその夜の出来事が、彼女にとって一種の冒険のように感じられました。
結局、真由美は夢見月のことを誰にも話しませんでした。それは、彼女だけの秘密として心の中にしまっておくことにしました。そして、あの蕎麦屋には二度と足を運びませんでした。夢見月はもう一度飲む勇気がなかったからです。
それからも真由美は日々の生活を送りながら、時折感じるデジャヴに微笑みを浮かべました。別の世界で過ごしたあの不思議な夜が、彼女にとっての特別な思い出となったのです。
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