田中雄介は、都内の中小企業で長年働いてきた中年のサラリーマンだった。彼の生活は安定していたが、最近になって会社の業績が悪化し始め、職を失う恐怖に苛まれるようになった。家族を養い、生活を維持するためには、副業を始めるしかないと考えた。
しかし、ストレスの多い仕事は避けたかった。できるだけ簡単でプレッシャーの少ない仕事を探していたところ、彼は「書類を仕分けするだけの簡単な仕事」を見つけた。報酬は少なかったが、手軽に始められることが魅力だった。
ある日、彼はその仕事の現場に向かい、大量の書類が積まれた倉庫に案内された。書類は様々な内容のもので、人生相談や商品の紹介、広告などが混じっていた。彼は淡々とそれらを分ける作業に取り掛かった。
一日中、単調な作業を続けていたが、その中でひとつの書類が彼の目に留まった。それは古びた封筒に入れられた手書きの原稿で、「不思議な話」と題されていた。雄介は好奇心に駆られ、その書類を読み始めた。
封筒の中身
この話は、私が若い頃に体験した出来事です。名前は伏せさせていただきます。
数十年前、私はある小さな村で育ちました。その村は周囲を山々に囲まれ、外界からほとんど隔絶された場所でした。村には一つの奇妙な風習がありました。それは「願い石」と呼ばれる石に願い事をするというものです。
この「願い石」は村の中央にある古い神社に安置されており、村人たちは重要な願い事があるときにこの石を訪れました。石に触れながら願いを唱えると、その願いが叶うと言われていました。
私は幼い頃からその石に興味を持っていました。大人たちは皆、その石の力を信じており、私も何度か願い事をしに行ったことがあります。しかし、特に不思議な出来事が起こることはありませんでした。
ある日、村に異変が起きました。村人たちの間で突然病気が流行り始めたのです。原因不明の病気で、次々と人々が倒れていきました。村は恐怖と混乱に包まれました。私は家族を守るために何とか解決策を見つけようとしました。
その時、私の祖父が私に一つの秘密を打ち明けました。彼は私を古い神社に連れて行き、「願い石」の裏側に隠された秘密を教えてくれたのです。
「この石には二つの面がある。表側は願いを叶えるが、裏側はその願いの代償を求める。表と裏は常に一対であり、願いを叶えた後には必ず何かを失うのだ。」
祖父は続けて言いました。
「しかし、病気の流行を止める方法が一つだけある。それは、石の力を使って病を封じることだ。ただし、その代償として何かを失う覚悟が必要だ。」
私は迷わずその提案を受け入れ、石に触れながら病気の流行を止めるよう願いました。すると、不思議なことに村の病気は次第に収まり、人々は回復していきました。村は再び平和を取り戻したのです。
しかし、その代償として私は自分の声を失いました。以来、私は一言も話すことができなくなりました。家族や友人とのコミュニケーションは困難になり、私は孤独を感じるようになりました。それでも、村を救えたことに対して後悔はしていません。
時が経ち、私は村を離れて新しい生活を始めました。声を失ったままですが、日々の生活を送っています。今ではその経験を胸に秘め、人生を歩んでいます。
雄介はその原稿を読み終え、深い感動と不思議な気持ちに包まれた。願い事の代償として何かを失うという話に、彼は強い共感を覚えた。彼自身もまた、職を失う恐怖と向き合いながら、副業に手を出すことで何かを得ようとしているが、その代わりに何かを失う可能性もあるのではないかと考えた。
その日以来、雄介は「願い石」の話を心に留め、自分の行動や決断に慎重になるよう心掛けた。副業の仕事も続けたが、無理をせず、健康を第一に考えるようになった。
彼の生活は徐々に落ち着きを取り戻し、副業で得た収入と本業での努力によって、家計も安定していった。雄介は「願い石」の話を通じて、何かを得るためには何かを失う覚悟が必要であること、そしてそのバランスを見極めることの重要性を学んだのだった。
ある日、雄介は再び書類を仕分けしている時、あの「不思議な話」の原稿を思い出し、それをもう一度読み返すことにした。しかし、どれだけ探してもその原稿は見つからなかった。まるで消えてしまったかのように。
彼はその時、「願い石」の話が自分にとって特別な教訓を与えてくれたのだと感じた。書類が消えたこともまた、不思議な出来事の一部だと考え、彼はその教訓を胸に、これからの人生をより慎重に歩む決意を新たにした。
そして、彼は今日もまた、書類を仕分けながら新たな発見や学びを期待しつつ、仕事に励んでいる。
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