私が新しく住み始めたアパートは、築40年以上経つ古びた建物だった。家賃が安く、交通の便も良かったため、少し古くても気にしないつもりだった。引っ越し初日は何の問題もなく、快適に過ごせていたが、ある夜を境に、奇妙な出来事が始まった。
その日は仕事から疲れて帰宅し、夜遅くにベッドに入った。深夜2時頃、突然「ギシ…ギシ…」という音で目が覚めた。音の出所はどうやら天井の上だ。古い建物だから、木材が軋む音だろうと思い、気にせず再び眠りに落ちようとした。しかし、音は一向に止まらず、むしろ規則的に続いている。まるで誰かが天井裏を歩いているかのような音だった。
翌朝、管理人にその話をしたが、「このアパートの天井裏は狭すぎて、人が入れるような場所じゃない」と一蹴された。しかし、その夜も同じ時間に音が響いた。「ギシ…ギシ…」と足音が徐々に部屋の中を移動しているように聞こえる。まるで、私の上を歩き回っているようだ。
不気味さが募り、私は天井裏を確認する決意をした。何とかして天井パネルを外し、懐中電灯を手に中を覗き込んだ。そこには薄暗い狭い空間が広がっており、何かが動いた形跡がある。埃だらけの床に、小さな足跡のようなものが残っていた。それは人間のものにしては小さすぎたが、確かに「何か」がそこを歩いていたのだ。
その夜、私は怖くなって友人を呼び、部屋に泊まってもらうことにした。二人で夜を過ごしていると、やはり「ギシ…ギシ…」という音が始まった。友人は冗談めかして、「ネズミでも住んでるんじゃないか？」と言っていたが、その表情は明らかに冗談とは思えなかった。
しばらく音に耳を澄ませていると、突然「コトン…」と何かが落ちる音がした。音の方に目を向けると、天井の隙間から小さな何かが落ちてきた。それは古びた人形の腕だった。埃にまみれたその腕は、明らかに年季が入っており、長い間放置されていたようだった。友人と顔を見合わせ、背筋が凍る思いをした。
さらに驚くことに、その腕が落ちた瞬間、音がピタリと止んだ。まるで「何か」が探し物を見つけたかのように、動きを止めたのだ。私たちは恐怖に耐えられず、急いで部屋を飛び出し、友人の家に避難した。
翌日、管理人に再び連絡し、状況を説明した。管理人は渋々天井裏を調査したが、特に何も見つからなかったと言う。ただ、天井裏には古い木箱が置かれており、その中には人形の残りの部分が収められていたらしい。それは、前の住人が残していったものだという。
気味悪さが増した私は、すぐに引っ越しを決意した。しかし、最後に荷物をまとめていると、天井裏から再び「ギシ…ギシ…」という音が聞こえてきた。恐る恐る天井を見上げると、隙間から何かがこちらをじっと見つめているのを感じた。だが、それが何だったのかは確認する勇気がなく、私はそのまま部屋を後にした。
その後、アパートを出た私は新しい生活を始めたが、あの「ギシ…ギシ…」という音が時折頭をよぎることがある。もし、あのまま住み続けていたら、あの天井裏で「何か」を目撃していたかもしれない——そう思うと、今でも背筋が寒くなる。
そして今でも、夜中に古い建物を通りかかると、あの音がどこかから聞こえてくるような気がしてならない。「ギシ…ギシ…」——天井裏で誰かが今も歩き続けているのかもしれない。
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