目次
病室の夜
病室の窓からは冷たい夜風が吹き込んでいる。初老の女性、佐知子は、安らかな表情でベッドに横たわり、眠りにつこうとしている。余命わずかと告げられてから、彼女の体は日に日に弱り、ほとんど一日中眠って過ごすようになっていた。だが、そんな彼女には一つだけ心の支えがある。それは、夢の中で繰り返し見る「もう一つの人生」だ。
その夢では、佐知子は大学生になっている。現実では経済的な理由で進学を諦めざるを得なかったが、夢の中では順調に大学生活を送っている。そして何よりも、夢の中では家族もまた理想的な姿で存在していた。
夢の中の家族
夢の中の佐知子は、20歳の大学生。毎朝、暖かい陽射しが差し込む家で目を覚ます。リビングでは、父と母が笑顔で彼女を迎えてくれる。その家は、彼女が幼い頃に住んでいた家であり、家族全員が揃っている。現実では、父が事業に失敗し、その影響で家庭は崩壊してしまったが、夢の中ではすべてが違っていた。
夢の中の父は、事業に成功し、家庭は裕福で円満だ。佐知子の学費も問題なく支払われ、彼女は自分の望む大学へ進学できている。父はいつも穏やかで、どっしりと家族を支える存在として描かれている。母も幸せそうで、家族みんなで食卓を囲む時間には、絶え間ない笑い声が響く。
朝食をとった後、佐知子は家を出て大学へ向かう。父は出勤のため車に乗り込み、母は家事に取り組む。その何気ない日常が、佐知子にとってはずっと憧れていた光景だった。家族が全員揃い、何の不安もなく過ごせる生活――それが彼女の心の中に強く刻まれている願望だった。
夢の中の大学生活
夢の中で、佐知子は充実した大学生活を送っている。キャンパスでは友人たちと楽しく過ごし、将来の夢や希望を語り合う。現実では諦めざるを得なかった学問に打ち込み、成長する自分に誇りを感じている。そして、何よりも安心できるのは、家に帰ればいつも温かい家庭が待っているということだ。
放課後、友人たちとカフェで時間を過ごした後、佐知子は家に戻る。家では母が夕食の支度をし、父はリビングで新聞を読んでいる。その姿は、彼女が子どもの頃に思い描いていた「理想の家庭」そのものだった。夢の中では、家族が揃い、誰もが幸せで、将来に不安など一切ない。その完璧な生活が、彼女にとっては現実以上にリアルで心地よいものだった。
現実と夢の狭間
現実では、佐知子の家族は大きな困難に直面し、父の事業失敗を機に家族はバラバラになった。佐知子も大学進学を諦め、家計を支えるために働き始めた。その決断は彼女の人生を大きく変え、後悔と未練をずっと抱えたまま生きてきた。
しかし、夢の中ではすべてが理想的に展開している。父は成功し、家族は一つにまとまっている。母も穏やかで、何よりも佐知子が夢見た大学生活を自由に楽しむことができている。現実の病室で目を覚ますたび、彼女は「ここが本当に現実なのだろうか」と感じるようになっていた。
最後の夢
「このままずっと、この夢の中で生きていたい」と彼女は思うようになった。もう現実に戻る必要はない。夢の中での生活こそが、彼女がずっと求めていた本当の「現実」なのだ。家族が揃い、何の不安もない世界。そこで彼女は満たされ、幸せだった。
その日、佐知子は再び目を閉じ、夢の中の世界へと入っていった。キャンパスの桜並木を歩きながら、友人たちと将来の話をする。授業が終わり、夕方の薄暮が広がる中、彼女は家に帰る。玄関を開けると、父と母が笑顔で迎えてくれる。「おかえり」と温かく声をかけられ、彼女は心からの安堵を感じた。
家族と一緒に夕食を囲み、何気ない会話を楽しむ時間――それが彼女にとって、最も幸福な瞬間だった。現実の病室はもう遠いものとなり、夢の中の生活が彼女のすべてになった。家族が揃い、円満で、何もかもが理想的なその世界こそ、彼女が最後に見た「現実」だった。
そして彼女は深い眠りにつき、二度と目を覚ますことはなかった。しかし、その夢の中で彼女は最後まで幸せだった。理想の大学生活と家族との絆――それが、彼女がずっと追い求めていた、本当の幸福だったのだ。
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