夢の中の少女時代――余命わずかな女性が見た、もう一つの現実　（怖い話　奇妙な話　不思議な話）

静かな病室

病室の窓からは、午後のやわらかな陽光が差し込み、静けさの中に微かな風の音が聞こえる。ベッドに横たわる初老の女性、彼女の名は陽子。医師から告げられた余命は、もう数週間しか残されていない。かつては活発に過ごしていた彼女も、今ではほとんど身動きが取れない。静かに目を閉じ、深い眠りへと落ちていく日々が続いていた。

しかし、最近の眠りはただの休息ではなく、何か特別なものになっていた。陽子は夢の中で、いつも幼い頃に戻っていたのだ。それも、単なる断片的な夢ではなく、一貫した物語のように続いている。そこで彼女は、小学生の自分に戻り、家族と共に過ごしていたかつての家にいるのだ。

夢の中の少女時代

夢の中の陽子は、12歳の少女。学校へ通い、友達と遊び、そして家では両親と一緒に温かい食卓を囲む。夢の舞台となる家は、彼女が幼い頃に住んでいた木造の一軒家。長い年月の中で取り壊され、今はもう存在しないその家が、夢の中では驚くほど生き生きと蘇っている。

家の玄関には小さな靴箱があり、そこには幼い陽子の小さな靴が揃えられている。居間には、母が編んだクッションがいくつも置かれ、いつも温かい香りが漂っている。陽子の父は、昔と同じように穏やかで、家族を見守る優しいまなざしを浮かべている。

学校では、クラスメートと笑い声を交わしながら授業を受ける。放課後には友達と外で元気に遊び回り、時には小さな冒険もする。夕暮れが近づくと、「陽子ちゃん、そろそろ帰らないと！」と母の声が遠くから聞こえ、それが彼女を温かい家へと誘う。夢の中で過ごすこの時間が、彼女にとってかけがえのないものとなっていた。

現実との錯覚

現実の病室では、陽子の体は日に日に衰えていく。しかし、彼女の意識は次第に夢の中の「現実」に引き込まれ、病室で過ごす時間がむしろ虚ろなものに感じられていた。目を閉じれば、あの懐かしい家と愛する家族が待っている。彼女は次第に、どちらが現実でどちらが夢なのか、判断がつかなくなっていく。

夢の中での時間は、続いている。もし前回の夢が家族との夕食で終わったなら、次の夢はその続きから始まる。毎回、途切れることなく紡がれるこの夢の世界が、陽子にとって真実のように感じられた。病室で目覚めた時さえ、「ここが夢かもしれない」と思うほど、彼女は夢の中の生活に心を奪われていく。

最後の眠り

「現実がどうであれ、私はこの夢の中で生きていきたい」と、陽子は思うようになる。病室での時間が残り少ないことは理解しているが、それならばなおさら、夢の中で愛する人々と過ごす時間を大切にしたいと考えるようになった。

その日、陽子は再び目を閉じる。病室の白い天井は徐々に遠ざかり、やがて彼女は夢の中へと入っていく。そこには、いつもの家と、いつもの家族が待っている。夢の中の陽子は再び元気な少女で、学校から帰ってきて家のドアを開けると、母の温かい声が彼女を迎えてくれる。

これからもこの夢が続いてほしい――彼女はそう願いながら、笑顔で家族と食卓を囲む。時間はゆっくりと流れ、彼女の心は穏やかで満たされている。現実の病室は、もはや彼女にとって遠い存在となり、夢の中の世界が彼女を優しく包み込む。

その夜、陽子は深い眠りに落ち、二度と目を覚ますことはなかった。しかし、彼女の心は最後まで幸せだった。夢の中の家族と過ごす、温かな時間の中で、彼女は永遠の安らぎを見つけたのだ。

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