仕事に追われ、いつものように深夜まで残業していた。ビルの最上階にあるオフィスは、普段は活気が溢れているが、夜になると一転して静まり返る。社員たちはすでに帰宅し、フロアには私ひとりだけだった。
時計の針は深夜1時を指していた。デスクの上には散らばった書類と、明かりを落としたオフィスの中で淡く光るパソコンの画面だけが目に入る。静寂の中、キーボードを叩く音だけが響いていた。
ふと、どこかからかすかな話し声が聞こえてきた。最初はエアコンの音か、遠くのビルから漏れる声だろうと思い、気にせず作業を続けた。しかし、どうもその声は近くから聞こえる。耳を澄ませてみると、オフィス内のどこかから小さな声で誰かが話しているようだった。
「おかしいな、誰かまだ残っているのか…?」
そう思いながら、立ち上がって周囲を見渡してみたが、もちろん誰もいない。オフィスはL字型のレイアウトで、奥まった部分には会議室があるが、そのドアも閉まっている。何度かその方向を確認したが、誰もいないことを確かめて、再びデスクに戻った。
しかし、しばらくすると、また声が聞こえ始めた。今度は少しはっきりしていて、何かを話しているのがわかる。内容までは聞き取れないが、確かに人の声だ。しかも、話しているのは一人ではなく、二人のようだ。男女の声が混ざり合い、ひそひそと会話を交わしているようだった。
気味が悪くなり、再び立ち上がってオフィスを歩いてみた。会議室のドアを開けて確認しても誰もいない。廊下に出て、隣のフロアも覗いてみたが、やはり静まり返っている。窓の外を見ても、見慣れたビル街が広がっているだけで、人影はどこにも見当たらない。
不安が増してきたが、再びデスクに戻り、仕事を続けようとした。しかし、今度はさらに声が大きくなり、はっきりと聞き取れるようになった。
「…信じられない…どうして…」
その言葉が耳に届いた瞬間、背筋が凍りついた。声は女性のもので、どこか感情を抑えたような、冷たい響きがあった。それと同時に、もうひとつの男性の声も聞こえてきた。
「そうだよ…ずっとここにいるんだ…」
その言葉が繰り返されるたびに、オフィスの空気が重たくなり、息苦しさを感じた。声の主がどこにいるのか探ろうとしたが、音の方向が定まらず、まるで壁や天井から響いてくるように感じた。
「これはまずい…」
心臓が早鐘を打つ中、デスクに戻り荷物をまとめ始めた。その時、突然電気がチカチカと点滅し始めた。蛍光灯が不規則に明滅し、そのたびに影が奇妙な動きを見せる。耳元で再び、あの女性の声がはっきりと聞こえた。
「どうして…まだ帰れないの…」
耳を塞いでもその声は止まらない。頭の中で直接響くような感覚だった。恐怖がピークに達し、逃げ出すようにオフィスの出口へ向かった。
オフィスを飛び出し、廊下に出ると、ビル全体が不気味なほど静まり返っていた。エレベーターを待つ間も、背後に誰かが立っているような気配を感じ、何度も振り返ったが、やはり誰もいない。
ようやくエレベーターが到着し、乗り込んだ瞬間、背後からかすかに「また、戻ってくるんだよ…」という男性の声が聞こえた。反射的に振り返ると、エレベーターのドアが閉まり、何も見えなくなった。
1階に降り、外に出た瞬間、ようやく重苦しい空気から解放され、冷たい夜風が心地よく感じられた。時計を見ると、すでに午前2時を過ぎていた。普段ならこの時間まで残ることはないが、あの夜の出来事が頭から離れず、今でも深夜に一人でオフィスに残ることは避けている。
翌日、職場の同僚にその話をしてみたが、誰もそんな声を聞いたことはないという。ただ、何人かは「このビルでは昔から不気味な噂がある」と言っていた。特に夜遅くまで残業しているとき、話し声が聞こえることがあるらしい。
あの夜聞いた声は、何だったのだろうか。オフィスに残る何かの「思い」が、深夜に解放されるのかもしれない。今でも時折、夜遅くまで残業していると、ふと耳を澄ましてしまうことがある。そのたびに、あの冷たい囁き声が聞こえてきそうで、背筋がぞっとする。
深夜のオフィスは、決して一人でいるべき場所ではないのかもしれない。特に、聞こえるはずのない声が響くときには。
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