私は大学生の時、夜勤のアルバイトをしていた。アルバイト先は地元にある小さな病院で、昼間は普通の診療所だが、夜間も緊急対応のために最低限のスタッフが常駐していた。その病院で働くことになったのは、友人からの紹介だった。特に医療に興味があったわけではないが、夜勤の割には給料が良く、深夜は比較的静かで作業も少ないため、勉強にも集中できるという理由で応募したのだ。
しかし、その病院には、ある不気味な噂があった。数十年前、ある女性が出産した直後に姿を消し、赤ちゃんだけが残されたという事件があったのだという。その女性は、何の前触れもなく病院の中から消え、未だに行方が分かっていないという。その噂が地元では広まり、「あの病院では夜中に赤ちゃんの泣き声が聞こえる」と言われていた。
私自身は霊感もなく、そんな噂を信じていなかったので、気にせずにアルバイトを始めた。最初の数日は何も問題なく、静かな夜勤が続いていた。受付や簡単な清掃、書類整理が主な仕事で、夜中に患者が訪れることもほとんどなかった。
しかし、ある深夜、私はその噂がただの噂ではないことを体験することになる。
その日もいつも通り、私はナースステーションで書類整理をしていた。時計を見ると、もうすぐ午前2時になる頃だった。病院内はシーンと静まり返り、エアコンの低い音だけが響いている。看護師さんたちは仮眠を取っており、病棟は薄暗いまま静寂が支配していた。
ふとした瞬間、廊下の奥からかすかな音が聞こえてきた。最初は気のせいかと思ったが、次第にそれが赤ちゃんの泣き声だと気づいた。
「赤ちゃん? こんな時間に?」
病院には確かに小児科もあったが、夜間に入院している赤ちゃんはいなかったはずだ。不思議に思い、私は音のする方へと足を運んだ。廊下を進むにつれて、泣き声は少しずつ大きくなっていく。まるで、私を導いているかのように感じられた。
泣き声は2階の産婦人科エリアから聞こえていた。私はこの病院で働き始めてしばらく経っていたが、夜中にこのエリアを訪れるのは初めてだった。昼間は出産を控えた妊婦さんたちが訪れる場所だが、深夜には誰もいない。静まり返った廊下に、私の足音だけが響いた。
泣き声は、産婦人科の奥にある閉鎖された病室から聞こえているようだった。その病室は現在使われておらず、いつも鍵がかかっている。ドアの前に立つと、泣き声は確かにその中から聞こえていた。
「まさか、そんなはずはない…」
私は一瞬ためらったが、確認しなければ気が済まなかった。恐る恐るドアノブに手をかけてみると、なぜか鍵はかかっていなかった。ドアをゆっくり開けると、中は真っ暗だった。電気をつけると、古びたベッドが一台、無造作に置かれているだけで、誰もいない。
しかし、泣き声はまだ続いていた。ベッドの方から聞こえてくるようだ。全身に寒気が走り、心臓が早鐘のように打ち始めた。それでも、恐怖に逆らうように私はベッドに近づいていった。
その時、突然泣き声がピタリと止んだ。異様な静けさが部屋を包み、何かが動く気配が背後から迫ってくるのを感じた。反射的に振り返ると、そこには誰もいなかったが、確かに何かの存在感があった。
「もう、ここにはいられない…」
私は耐えきれず、その場を飛び出した。廊下を全速力で駆け抜け、ナースステーションに戻った時には、全身が震えていた。心臓が激しく鼓動し、冷たい汗が額から滴り落ちていた。
翌朝、仮眠を終えた看護師さんにそのことを話したが、彼女は少し困ったような表情を浮かべて、「それ、昔からある噂なのよね」と言った。そして、あの消えた女性と赤ちゃんの話を教えてくれた。
「この病院では、昔から夜中に赤ちゃんの泣き声が聞こえるって話があるの。たぶん、それに引き寄せられたんじゃないかしら。実際に姿を見た人はいないけど、泣き声を聞いたっていう人は何人もいるのよ。」
彼女はそう言って、微笑みながらもどこか遠くを見るような目をしていた。その話を聞いて、私は背筋が寒くなった。あの夜聞こえた泣き声は、消えた母親の魂がまだどこかで彷徨っているのかもしれないと思ったからだ。
それ以来、私はその病院で夜勤をするたびに、あの泣き声が聞こえてくるのではないかと怯えるようになった。もう二度とあの病室には近づかないと心に決めたが、夜になると時折廊下の奥から微かに聞こえてくる気がする。今でも、あの病院では夜中に赤ちゃんの泣き声が響いているのかもしれない。
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