高橋和也(たかはし かずや)は、独り暮らしを始めて数年が経つ。仕事に追われ、日々の生活は単調そのものだったが、特に不満もなく平凡な毎日を送っていた。しかし、ある日を境に、彼の生活は一変した。
それは、いつものように残業を終えて帰宅した夜のこと。時計は深夜2時を指していた。疲れ切った和也は、シャワーを浴びて寝る準備を整えた。その時、ふと洗面所の鏡に目をやると、何かが一瞬、鏡の奥で動いたように見えた。気のせいだろうと自分に言い聞かせたが、嫌な胸騒ぎを覚えた。
その夜、和也は奇妙な夢を見た。夢の中で彼は、自分の部屋にいた。しかし、部屋の雰囲気がどこか不自然で、いつもより薄暗い。目の前には鏡があり、その鏡には自分の姿が映っていたが、鏡の中の自分が不気味な笑みを浮かべていた。和也はその笑みに違和感を覚え、目をそらそうとしたが、視線がどうしても鏡に引き寄せられる。鏡の中の「自分」は、和也が感じる恐怖を楽しんでいるかのように、さらに口角を上げてにやりと笑った。やがて、その「自分」はゆっくりと口を開き、こう囁いた。
「こっちにおいでよ…ずっと待ってたんだ。」
その声はまるで彼の頭の中で直接響いているようで、耳に痛いほど鋭く感じた。和也は恐怖で動けなくなり、その場に立ち尽くした。すると、鏡の中の「自分」がゆっくりと動き始めた。鏡越しにこちらへ近づいてくるのだ。しかし、現実の和也は動いていないのに、鏡の中の「自分」だけが徐々にこちらに歩み寄る。
その時、和也は気づいてしまった。鏡の中の「自分」は、自分ではない――何か別の存在が、彼の姿を真似ているのだ。
和也は夢から覚めようと必死に目を閉じ、何度も「これは夢だ」と自分に言い聞かせた。しかし、まぶたを閉じた先でも、その不気味な笑顔が浮かんで消えない。しばらくして、和也が恐る恐る目を開けると、今度は鏡の中の「自分」がすぐ目の前に立っていた。彼の顔がすぐにでも鏡から飛び出してきそうなほど近くに迫っており、和也は思わず悲鳴を上げそうになった。
その瞬間、和也は目が覚めた。汗でびっしょりになった彼は、荒い息をつきながら部屋を見渡した。夢だ、これはただの悪夢だ。そう自分に言い聞かせるが、全身が震えているのが止まらない。深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した和也は、洗面所へ向かった。顔を洗って、もう一度現実を確認したかったのだ。
しかし、洗面所に入った途端、彼は足を止めた。鏡が目に入った瞬間、再び背筋に冷たいものが走る。夢の中の光景が頭をよぎり、鏡を見るのが恐ろしくなった。それでも、現実を確かめるため、意を決して鏡を見つめた。
そこには、当然ながらいつもの自分が映っていた。和也はほっと息をつき、何度も「これは現実だ」と確認するように呟いた。だが、ふと気づいた。鏡に映った自分の背後、部屋の影の中に何かが動いたような気がしたのだ。
心臓が高鳴り、恐る恐る振り返るが、何もない。ただの暗がりだ。気のせいかと再び鏡を見つめると、そこには恐ろしい事実が映し出されていた。和也の「背後」には確かに何かがいた。ぼんやりとした人影のようなものが、和也をじっと見つめている。それは、夢の中で見た「自分」の顔をしていた。
動けない和也の耳元で、再びあの囁きが聞こえた。
「逃げられない…」
その瞬間、鏡に映った「自分」の顔が笑みを浮かべたまま急にこちらへ突き出し、和也は思わず鏡を叩き割った。ガラスが粉々に砕け散り、和也は恐怖に駆られてその場を飛び出した。
翌朝、彼は割れた鏡の前に立ち尽くしていた。床には散らばった破片が、昨夜の出来事がただの幻ではないことを物語っている。しかし、安心したのも束の間、彼は気づいてしまった。鏡の破片に映る自分の姿は、すべて異なる方向を向き、そして、全てが不気味に笑っていた。
その日から、和也の生活は徐々に崩壊していった。鏡の前に立つたびに、自分とは違う動きをする映像が映る。ある日には、映った自分が勝手に口を開き、彼の恐怖をあざ笑うかのように「次は、もう逃げられないよ」と呟いた。
和也は鏡を避けるようになり、家中の全ての鏡を隠したが、夜になるとどこからともなくあの囁き声が聞こえてくる。「待ってるよ…」その声は徐々に彼の精神を追い詰め、日常生活すらまともに送れなくなっていった。
最後に和也が姿を消したのは、ある雨の夜だった。家の中には彼の姿はなく、ただ一枚の割れた鏡の破片が床に残されていた。そして、その鏡に映っていたのは、例の不気味な笑顔を浮かべた和也の姿だった。
鏡に映る自分が、果たして本当に「自分」なのか、次に確認するとき、あなたもその恐怖に囚われるかもしれません。
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