ある夏の夜、田中雅人(たなか まさと)は久しぶりに実家へ帰省していた。普段は都会の喧騒(けんそう)に囲まれた生活を送っているが、実家は静かな田舎町にあり、周囲には古びた木造の家が点在しているだけだった。雅人は大学を卒業して以来、ほとんど実家に帰っていなかったが、この夏は両親と少しゆっくり過ごそうと思い、帰省を決めた。
実家に着くと、懐かしい匂いが迎えてくれる。母が用意してくれた夕食を食べ終えた後、雅人は幼い頃に使っていた部屋で休むことにした。そこには昔から使っていた古いベッドや、色褪せたポスターがそのまま残されており、彼はしばしの間、過去の思い出に浸った。
その夜、両親は早々に寝静まった。雅人も久しぶりの静寂に包まれて眠りにつこうとしたが、なぜか眠れない。風でカーテンが揺れる音や、遠くで聞こえるカエルの鳴き声が、やけに耳に残る。ふと、押し入れの方に視線を向けると、薄暗がりの中で何かが動いたような気がした。だが、気のせいだろうと自分に言い聞かせ、再び目を閉じた。
すると、突然、古い電話が鳴り響いた。実家にある黒電話はほとんど使われていないはずだが、耳障りなベルの音が家中に響き渡る。雅人は驚きつつも、電話を取るために一階へ降りた。受話器を取ると、聞こえてきたのは静寂。しかし、その静寂の中で、微かに息遣いのような音が混じっているのが分かる。
「…もしもし?」
返事はない。ただ不気味な沈黙が続く。雅人は気味が悪くなり、受話器を置こうとしたその瞬間、「かえして…」というか細い女性の声が聞こえた。言葉が途切れるように低く、どこか悲しげだった。
雅人は胸騒ぎを感じながらも、電話を切り、自分の部屋に戻った。しかし、その声が頭から離れない。「かえして…」という言葉が繰り返し脳裏に響き、眠るどころではなかった。
その翌朝、雅人は母に昨夜の電話について尋ねたが、母は何も聞いていないと言う。不審に思った雅人は、電話の発信履歴を確認しようと黒電話を調べたが、発信記録など残るはずもない。妙な違和感を覚えながらも、その日は過ぎていった。
夜になると、再び電話が鳴った。同じ時間帯、同じ耳障りなベル音。雅人は恐る恐る受話器を取るが、やはり応答はない。だが、今回はすぐに声が聞こえてきた。
「…かえして…」
その声は前夜と同じで、今度は少し強い調子だった。雅人は何を返せばいいのか分からず、「何を返せばいいんですか?」と問いかけた。すると、電話の向こうで何かがかすかに動く音がし、その後にひときわ大きな「かえして!!」という叫び声が響き渡った。
雅人は驚きのあまり、受話器を放り投げた。心臓が激しく脈打ち、全身が震えた。それはただの夢か幻覚だったのかもしれないと思いたかったが、リアルな感覚が恐怖を増幅させた。
その晩、雅人はほとんど眠れず、翌日早朝に家を出る準備をした。両親には急に用事ができたとだけ伝え、都会へと戻る決意を固めた。だが、出発直前、再び電話が鳴り響いた。
「またか…」
雅人は恐る恐る受話器を取った。今度こそ無視しようと思っていたが、何かに引き寄せられるように電話に出てしまった。
「かえして…」今度はハッキリと聞こえた。声は異様に近く、まるで背後から囁かれているようだった。雅人は全身に鳥肌が立ち、電話を切ろうとしたその瞬間、何かが彼の肩に触れた。
振り返ると、そこには誰もいない。だが、確かに何か冷たい感触が残っている。雅人は恐怖に駆られ、荷物を掴んで家を飛び出した。もう二度とこの家には戻りたくないと強く思った。
都会に戻ってから数日後、雅人は疲れ切った状態で仕事をしていた。そんな中、彼のスマートフォンが鳴った。表示されているのは実家の番号。恐る恐る電話に出ると、聞こえてきたのは「かえして…」という、あの声だった。
雅人は全てを理解した。あの声の主は、昔彼が忘れていた幼馴染の少女だった。彼女は幼い頃に雅人に何かを貸し、結局返されることなく亡くなったのだ。しかし、何を返すべきか、雅人にはもう思い出すことができない。
その日以来、雅人のもとには毎晩「かえして…」という電話がかかってくる。彼は返すべきものを思い出せず、ただ恐怖に怯える日々を送っている。
あなたの周りにも、もしかしたら返されることを待っている何かがあるかもしれません。忘れ去られた約束が、どこかであなたを見つめているかもしれないのです。
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