主人公の山田翔太は、仕事の転勤で都会から少し離れた古いアパートに引っ越してきました。そのアパートは、昭和の頃に建てられたものらしく、木造でどこか懐かしい雰囲気が漂っています。床が少しきしむ音や、柱に刻まれた年輪のような模様が時の流れを感じさせ、翔太にとっては心地よいものでした。
そのアパートには、今では珍しくなった「雨戸」がついていました。雨戸は外側から窓を覆うもので、台風の際に役立つと不動産屋が説明してくれましたが、翔太は特に気にせず、日常的に利用していました。部屋が暗くなり、外の音も遮断されるので、仕事で疲れた身体を休めるためにはちょうど良かったのです。
引っ越してから数日が経ち、翔太は新しい生活にも徐々に慣れてきました。毎晩、寝る前には必ず雨戸を閉め、静かな環境で眠りにつくのが日課になっていました。しかし、ある夜、いつものように雨戸を閉めた瞬間、微かに「人の声」が聞こえてきたのです。
最初は気のせいだと思い、特に気にしませんでした。古い建物だから、木の軋みや外の風の音がそう聞こえたのかもしれないと自分に言い聞かせました。しかし、次の日も、その次の日も、雨戸を閉めると同じように人の声が聞こえてくるのです。
その声はとても穏やかで、どこか懐かしい響きを持っていました。男女の区別がつかないほど柔らかく、内容はよくわからないものの、まるで遠い昔の誰かが語りかけてくるようでした。
翔太は次第にその声に興味を抱くようになりました。怖いというよりも、むしろ心が安らぐような感覚に包まれるのです。仕事で疲れた日などは、雨戸を閉めてその声に耳を傾けることで、癒されるような気がしました。声の内容ははっきりとは聞き取れないのですが、どこか懐かしい感情が呼び起こされるようで、翔太は不思議な安心感を覚えました。
ある日、雨戸を閉めた後にその声が聞こえてきたとき、翔太は思い切って声に話しかけてみることにしました。「あなたは誰ですか?」と。しかし、返事はありません。声はただ、静かに響き続けるだけでした。
翔太はそれからも、声が聞こえるたびに話しかけるようになりました。まるで古い友人と再会したかのように、日々の出来事や感じたことを雨戸の向こうの声に語りかけるのが、翔太の日常になっていきました。すると、少しずつですが、声が明瞭になり、単語やフレーズが聞き取れるようになってきました。時折、声が「ありがとう」や「懐かしいね」といった言葉を漏らすこともありました。
翔太は次第に、その声が自分の祖母の声に似ていることに気づきました。幼い頃、よく祖母が語りかけてくれた優しい声と同じ響きがありました。しかし、祖母はすでに亡くなっており、この声が本当に祖母のものなのか確かめるすべはありませんでした。
季節が移り変わり、秋が深まる頃、翔太は仕事で忙しくなり、雨戸を閉める時間が遅くなりました。ある晩、深夜まで仕事をしていた翔太は、ふと雨戸を閉めるのを忘れていたことに気づき、急いで雨戸を閉めました。しかし、いつものように声が聞こえることはなく、ただ静寂が広がるだけでした。
翔太は少し寂しい気持ちになりながら、その夜はそのまま眠りにつきました。そして、次の日も、また次の日も、声は聞こえなくなってしまいました。雨戸を閉めても、もうあの懐かしい声は響いてこなかったのです。
翔太はその後も、雨戸を閉めるたびにあの声が戻ってくるのを期待しましたが、再び聞こえることはありませんでした。しかし、翔太の心には不思議な安らぎが残りました。まるで、あの声が自分に「さようなら」と告げ、どこか遠くへ去っていったような気がしたのです。
そして翔太は、これからもあの古いアパートでの生活を大切にしていこうと決心しました。たとえ声が聞こえなくても、あの雨戸の向こうに自分を見守ってくれている何かがあると感じていたからです。
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