慎一は、20代半ばの若さで中古の一軒家を購入した。都会の喧騒から離れ、静かな住宅街にあるその家は、彼にとって夢の一部だった。築年数はそれなりに経っていたが、価格も手頃で、慎一はすぐに購入を決めた。
引っ越してからしばらくは、新しい生活に慣れるのに忙しく、家の隅々まで探索する時間がなかった。しかし、ある日ふと屋根裏部屋のことを思い出し、探索してみることにした。埃をかぶった木製の階段を上り、小さな屋根裏部屋に足を踏み入れると、そこには古い家具や段ボール箱が無造作に置かれていた。その中で、慎一の目を引いたのは、古びた電話機だった。見たことのない古い型式で、テープ式の留守番電話機能が付いていた。
興味を引かれた慎一は、屋根裏部屋から電話機を持ち出し電源を入れてみた。どうせ壊れているだろうと思ったが、驚くことにしっかりと電源が入った。電話機の再生ボタンを押してみた。カチッという音とともに、テープが回り始める。そして、少しノイズが入った後、女性の声が聞こえてきた。
「お父さん、お母さん、元気にしてる？私は相変わらずよ。コンビニでバイトを始めたんだけど、意外と楽しいの。そっちはどう？」
慎一は微笑んだ。どうやら、以前この家に住んでいた家族の娘が、両親に近況報告をしているようだ。いくつかのメッセージが続き、
「最近、友達と映画を観に行ったんだけど、とっても面白かったわ。そっちはどう？」
など、どれも日常の些細な話題だった。
しかし、次第にメッセージの内容が変わり始めた。
「ねぇ、お父さん、お母さん、最近ちょっと変なことが起きてるの。夜中に目が覚めると、誰かが家の中を歩いているような音がするの。でも、確認すると誰もいないの。ちょっと怖いけど…まぁ、気のせいだよね？」
慎一は顔をしかめた。不気味な感じが胸に広がったが、再生を続けた。
その次の報告も、不気味なものだった。
「お父さん、お母さん、お願いだから電話に出て！また、夜中にあの音がしたの。怖くて眠れない。どうしよう…」
メッセージは次第に緊迫感を増していき、娘が何かに追い詰められているようだった。慎一は耳を澄まして聞き入った。メッセージの中で、彼女は何度も両親に助けを求めていたが、両親からの返信はなかったようだ。
次に再生されたのは、以前のものとは異なり、短く淡々とした口調のメッセージだった。
「お父さん、お母さん、最近本当に誰も電話に出ないね。何かあったの？こちらは相変わらず夜中に変な音がしている。とても怖いわ。お父さん、お母さん、連絡が取れなくて心配してる。お願い、早く返事して…」
慎一は、娘の声からにじみ出る不安と恐れに気づいた。彼女は明らかに両親の身を案じていた。次に再生されたメッセージは、さらに心配の色を強めていた。
「お父さん、お母さん、本当にお願い…返事をして…。なんで電話に出てくれないの？何かあったの？どうして…」
慎一は背筋が凍る思いがした。何が起こっていたのか？この家で一体何があったのか？娘の声は、次第に絶望感を帯びていき、最後のメッセージに至った。
「もう無理、もうダメ、どうにもならない…。いやいや。・・・・・・さようなら…。これを誰かが聞いているなら・・・・・・いや、何も聞かない方がいい。何も知らない方がいい…」
電話の音声が途切れ、静寂が訪れた。慎一はしばらくその場に立ち尽くし、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。娘が言った「何も聞かない方がいい」という言葉が頭の中で反響し、恐怖と混乱が彼の心を支配していた。
あのメッセージの内容が頭から離れない。何が彼女に起こったのか、そして両親に何が起こったのか？何かが迫っていたのは確かだが、それが何であるのかを知るのが恐ろしかった。
慎一は深く考え込んだが、結局何も答えが出ることはなかった。ただ一つ確かなのは、この家には何か不吉な過去が隠されているということだった。
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