私が通っていた中学校には、古い音楽室がありました。新しい校舎が建てられた時、音楽室も新しくなり、授業はすべて新しい音楽室で行われるようになりました。しかし、古い校舎には誰も使わなくなった旧音楽室が取り残され、そこにはアンティークのオルガンが静かに置かれていました。
旧音楽室は薄暗く、埃が積もり、どこかひんやりとした空気が漂っていました。新しい音楽室ができてからは、誰も近づかなくなり、いつの間にか生徒たちの間では「旧音楽室には入るな」という暗黙の了解ができていました。
しかし、好奇心旺盛な友人のタケシが、その旧音楽室に興味を持ちました。ある日、放課後に彼が「ちょっと探検してみようぜ」と言い出し、私とケンタを誘いました。最初は躊躇していたものの、タケシに押される形で、私たちは旧音楽室へと足を運ぶことになりました。
古びたドアを開けると、埃っぽい空気が鼻を突きました。薄暗い部屋の中央には、大きなアンティークのオルガンが堂々と置かれていました。その存在感は圧倒的で、まるで部屋全体がそのオルガンに支配されているかのように感じられました。
「これが例のオルガンか…」タケシが興奮気味に近づいていきました。「誰も触れたことがないっていうけど、本当に動くのかな？」
タケシはオルガンの鍵盤に手を伸ばし、軽く押してみました。すると、長い間使われていなかったはずのオルガンが、思ったよりも簡単に音を奏でたのです。古びた音色が部屋中に響き渡り、その瞬間、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れました。
「すごい、まだ音が出るんだ！」タケシが笑いながら言いましたが、その笑顔はどこか不自然でした。私たちはその音に圧倒され、何も言えませんでした。音は不気味で、まるでどこか異次元から響いているかのような感覚がありました。
次の日から、タケシの様子がおかしくなりました。彼は「夜になると、あのオルガンの音が聞こえる」と言い出したのです。最初は冗談だと思って笑っていた私たちも、次第に彼の真剣な様子に不安を感じ始めました。
タケシは夜になると、何もないはずの自宅でオルガンの音が聞こえてくると訴えました。しかも、その音は日に日に大きくなり、彼を苦しめるようになっていったのです。学校に来ても、タケシは授業に集中できず、何度も耳を押さえていました。
「やめてくれ、もう聞きたくない…」彼はそう言いながら、自分の耳を塞ぐようになりました。私たちは心配になり、先生にも相談しましたが、先生たちは深刻にとらえずあまり話をきいてくれませんでした。
数日後、ついにタケシは学校に来なくなりました。彼は家に引きこもり、誰とも話をしなくなったと聞きました。私はケンタと一緒にタケシの家を訪ねましたが、彼の家族も困惑している様子でした。
「夜になると、タケシが旧音楽室であのオルガンを弾くんだ」と言ってきかないと、彼の母親が涙ながらに話しました。私たちは恐怖と悲しみで胸がいっぱいになりました。
最後にタケシに会ったのは、その数日後でした。彼は病院に入院することになり、私たちは病室を訪ねました。そこで彼は、まるで力尽きたかのようにベッドに横たわっていましたが、目は虚ろで、何かを見つめているようでした。
「もう聞こえないよな…あの音は…」彼が小さな声で言いました。私は何も言えず、ただ彼の手を握りました。
その後、タケシは回復することなく、遠くの病院へと転院しました。私たちは二度と彼に会うことはありませんでした。
旧音楽室には、今でもあのオルガンが置かれたままです。誰も近づくことなく、放置されたままのその部屋には、時折、かすかにオルガンの音が響くことがあると言います。しかし、誰も確認しようとする者はいません。
私たちはあの時、触れてはならないものに触れてしまったのかもしれません。そして、タケシはその代償を払わされたのだと思っています。
あのオルガンが奏でる音は、ただの音楽ではなく、何か異世界からのメッセージだったのかもしれません。いまだにあの音色が頭から離れない私は、二度とあの旧音楽室には足を踏み入れないと心に誓っています。
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