怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

止まったエレベーターで出会ったもう一つの世界 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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ある日、仕事帰りに不思議な体験をしました。普段と変わらない、特に何の変哲もない一日でした。私はいつものようにオフィスビルのエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押しました。ビルの中は静かで、すでにほとんどの人が帰宅しており、廊下には私一人しかいませんでした。

エレベーターはゆっくりと下降を始めましたが、途中で突然ガタガタと音を立て、急に止まってしまいました。私は思わず手すりに掴まり、驚きました。

「またか…」

このビルは古く、エレベーターが止まることはたまにあることでした。最初は慌てず、非常用インターホンを押して、助けを待つことにしました。しかし、何度押しても応答はなく、携帯電話を取り出してみても圏外。どうすることもできない状況に、私は少し焦りを感じ始めました。

エレベーターの中は妙に静かで、狭い空間がいつもよりも息苦しく感じられました。時間が経つにつれて、周囲の静けさが不安を増幅させました。ドアの前に立ち、ボタンを押してみましたが、エレベーターは全く反応しませんでした。

「どうしよう…」

そう思い始めた時、エレベーターの照明が一瞬チカチカと点滅しました次の瞬間に照明が消えました。あたりは真っ暗になり、次の瞬間、エレベーターのドアがゆっくりと開きました。私は驚き、恐る恐る外を見ました。

目の前には、見慣れたオフィスの廊下ではなく、全く異なる空間が広がっていました。白く明るい光が差し込む広い空間で、床は真っ白な大理石、壁にはどこか幻想的な模様が描かれていました。まるで異世界に紛れ込んだような、不思議な光景でした。

私は半信半疑のまま、一歩外に踏み出してみました。足元の感触は滑らかで、その感覚が現実であることを示していました。周囲を見回しても、誰もいません。ただ、静かに広がる空間があるだけでした。

「ここは…どこなんだろう?」

そう呟きながら、私はゆっくりと歩き出しました。空間はとても静かで、私の足音だけが響いていました。少し進んだところに、小さな泉がありました。透明な水が静かに揺れており、その水面には自分の姿が映っていました。

私はしゃがんで水を掬い、顔に当ててみました。水は冷たくて心地よく、その瞬間、まるで何かが体の中から浄化されるような感覚がありました。不安も恐怖もすべて消え去り、ただ穏やかな気持ちが広がっていきました。

泉の向こう側には、小さな石造りのアーチが見えました。何かに導かれるように、そのアーチをくぐってみると、そこには一面の花畑が広がっていました。色とりどりの花が咲き誇り、柔らかな風が吹き抜けていました。その光景は、まるで夢の中にいるような美しさでした。

私はそのまま花畑の中を歩き続けました。どこまでも続く花々の中に、ふと立ち止まって目を閉じると、どこからか懐かしい声が聞こえてきました。それは、幼い頃によく聞いた母の声でした。

「大丈夫よ、あなたならきっと…」

その声は、優しく私を包み込み、心に安らぎを与えてくれました。まるで、母が今でも私を見守ってくれているかのような温かさを感じました。

やがて、ふと我に返り、私は元の場所に戻ろうと思いました。エレベーターが待っているかどうかも分からないまま、来た道を引き返しました。再びアーチをくぐり、泉の前を通り過ぎて、エレベーターのドアが開いていた場所に戻りました。

不思議なことに、エレベーターのドアはまだ開いたままで、あの狭い空間が私を待っているかのようでした。私は再びエレベーターに足を踏み入れ、ドアがゆっくりと閉まりました。

エレベーターは静かに動き出し、1階に向かって下降を始めました。ドアが開くと、いつもの見慣れたオフィスのロビーが広がっていました。まるで何事もなかったかのように、ビルの中は静かで、私は現実に戻ったことを実感しました。

あの時、エレベーターの中で見た光景が何だったのか、今でもはっきりとは分かりません。ただ、あの不思議な体験が、私に何か大切なことを思い出させてくれたのだと感じています。

それ以来、私はあのエレベーターに乗るたびに、再びあの場所に行くことができるのかどうかを密かに期待してしまいます。あの空間は、私にとって夢と現実の境界が曖昧になるような、特別な場所となりました。

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