田中直樹は、仕事に追われる毎日を送っていた。朝から晩まで働き詰めで、時間に追われる日々に疲れ切っていた。彼の心の中にはいつも「もっと時間が欲しい」という思いが渦巻いていた。そんなある日、仕事帰りにふと見つけた小さな時計屋が、彼の運命を変えることになる。
その時計屋は、直樹が普段通らない裏路地にひっそりと佇んでいた。古びた木製の看板に「時計店」とだけ書かれ、店の中は薄暗く、外からはほとんど見えなかった。しかし、何かに引き寄せられるように、直樹はその店の前で足を止めた。
「こんなところに時計屋があったかな…?」
不思議に思いながらも、直樹は店の扉を開け、中に入った。中は狭く、所狭しと古い時計が並べられていた。どの時計もアンティーク調で、時間の流れを感じさせるような風格があった。
奥には白髪の店主が一人、静かに座っていた。顔に深いしわが刻まれた老人で、目だけが鋭く輝いていた。彼は直樹が入ってきたことに気づくと、微笑みを浮かべて言った。
「ようこそ、何かお探しかな?」
直樹は軽く挨拶をしながら、「時間がもっと欲しいんです。毎日、忙しくて…」と、思わず本音を漏らした。すると、店主はにやりと笑い、奥の棚から一つの時計を取り出してきた。それは、どこか奇妙なデザインの懐中時計だった。金色のフレームに、文字盤はなく、ただ針だけがゆっくりと動いていた。
「これは特別な時計だ。この時計を持っていると、時間が少し伸びるようになるんだよ」
「時間が伸びる?」
直樹は訝しげに聞き返したが、店主はそれ以上説明することなく、時計を彼に差し出した。
「これを持っていきなさい。気に入ったら、また戻ってきてくれればいい。お代はその時に考えよう」
直樹は半信半疑ながら、その時計を受け取った。家に帰り、ベッドに横たわりながら、その奇妙な懐中時計を眺めていると、疲れた体と心が少しずつほぐれていくのを感じた。まるで時計が、時間を操っているかのように思えた。
次の日、いつも通りの忙しい一日が始まったが、直樹は仕事中に不思議な感覚に気づいた。いつもより作業がスムーズに進み、時間がゆっくり流れているような気がするのだ。昼休みも、あっという間に過ぎてしまうはずが、今日はゆっくりとした時間を感じることができた。
「本当に時間が伸びている…?」
最初は偶然かと思っていたが、その日以降も時間の流れがいつもと違うことに気づいた。仕事が早く終わる、余裕を持って家に帰れる、そして休日も長く感じる。直樹は次第に、時計の力が本物であることを確信するようになった。
しかし、しばらくして、奇妙な出来事が起こり始めた。
ある日、直樹が家で懐中時計を見つめていると、針が一瞬止まったように見えた。そして、次の瞬間、周りの空気が変わった。時計の針が動き出すと同時に、直樹の周囲が静まり返り、まるで時間が止まったような感覚に襲われたのだ。
「これは何だ…?」
直樹は不安を感じ、急いで時計をしまった。しかし、その後も不思議なことが続いた。時計を持っている間、周りの人々の動きが妙に遅く見えたり、逆に自分だけが早く動いているように感じたりするのだ。時には、周囲の音が遠くから響いてくるように感じることもあった。
さらに奇妙なことが起きたのは、ある夜のことだった。いつものようにベッドに横たわり、懐中時計を見つめていると、時計の針が突然逆回転を始めた。驚いて時計を手に取ると、その瞬間、目の前に見覚えのない光景が広がった。そこは過去の記憶の断片で、直樹が子供の頃に過ごした家のリビングだった。
「どうしてこんな場所が…」
直樹は驚きの中で、自分がまるで時間を遡っているかのような感覚に包まれていた。過去の自分がそこにいて、家族と会話している姿が見えた。時計を握りしめるたびに、次々と過去の出来事が目の前に現れ、まるでそれが現実であるかのように感じられた。
しかし、時間が進むにつれて、直樹は恐怖を感じ始めた。過去を見ているはずが、次第に現実の時間との境界が曖昧になり、どちらが本物の「今」なのかわからなくなってきたのだ。さらに、時計を手にするたびに現れる過去の断片は、次第に暗い記憶や失われたものを映し出すようになった。
「これは…ただの時計じゃない…」
直樹はそう悟り、再びあの時計屋を訪れることにした。しかし、あの日見つけた裏路地に戻っても、時計屋は跡形もなく消えていた。まるで最初から存在していなかったかのように。
「一体、あの店は何だったんだ…?」
直樹は途方に暮れたが、懐中時計を手にして以来、時間の感覚は狂い続けていた。彼は懐中時計をそっと家の奥にしまい込み、二度と触れないようにした。
それ以来、直樹の時間は元に戻ったかのように、普通の日常が続いた。しかし、時折時計を見るたびに、あの不思議な体験が頭をよぎり、時間の流れとは何かを考えるようになった。時計は今も静かに眠っているが、あの時間の歪みを体験したことで、直樹はもう時間に対して以前のように無頓着ではいられなくなった。
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