その日は、仕事のストレスを抱えたまま、遅くまでオフィスに残っていた。終電を逃しそうだったので、慌てて駅に向かい、なんとかギリギリで電車に乗り込んだ。気が緩んだせいか、すぐに疲れが襲ってきて、私はそのまま居眠りをしてしまった。
ふと目を覚ました時、車内は静まり返っていて、電車は止まっていた。ぼんやりとした頭で、駅に着いたのだと気づき、急いで降りようとした。
しかし、ホームに降り立った瞬間、何かがおかしいことに気づいた。
「ここは…どこ？」
見覚えのない駅だ。周囲を見渡しても、駅名が書かれた看板はあるが、その文字が何なのか読めない。日本語でも英語でもない、不気味に歪んだ記号のようなものが並んでいるだけだった。
「まさか、乗り過ごした？」
そう思いながらも、あまりにも違和感のある光景に、心臓が早鐘を打ち始めた。駅のホームには、誰もいない。改札の方へ歩いてみても、やはり無人だった。自動改札機すらない、ただ無機質なゲートだけがぽつんと立っている。
「こんな駅、知らない…」
不安に駆られながらも、私は駅の外へ出ることにした。改札を抜け、街へと続く階段を下りると、さらに異様な光景が広がっていた。
街灯がぼんやりと照らすその街は、一見すると普通の街並みに見えるが、どこかが狂っている。道沿いに建つ家や店は、すべて同じようなデザインで、窓にはカーテンが閉ざされている。道を行き交う車も見当たらず、街全体が不気味な静寂に包まれていた。
それでも、人影が見える。遠くで何人かの人が歩いているのが見え、私は少し安心して、その方向に向かって歩き出した。誰かに助けを求めれば、この奇妙な状況から抜け出せるかもしれない――そう思っていた。
だが、近づくにつれて、その人々が普通ではないことに気づいた。
彼らは、ゆっくりとした不自然な動きで、同じリズムで歩いていた。顔をよく見ると、どこか異様だ。表情が固定されていて、目は焦点が合わず、どこか遠くを見ているかのような無機質さがある。口元には引きつったような笑みが浮かんでいるが、それはまるでロボットが笑顔を模倣しようとして失敗したかのようだった。
「え…？」
私は声をかけようとしたが、足がすくんで動かない。目の前の「人々」は、私には気づいていないかのように、ただ無表情で通り過ぎていく。その動きはどこかぎこちなく、まるで操り人形のようだった。
「何…この人たち…」
私は街をさまよい始めた。どこへ行っても同じような風景が続き、出会う人々はみな、あの無機質な表情をしている。焦点の合わない目、引きつった笑顔、そして何も言わず、ただ黙々と歩き続けるだけ。まるで、彼らは生きているのではなく、何かの「偽りの人間」だった。
私が通りかかった公園にも、同じような無表情の「人々」が集まっていた。子供たちが遊んでいるかのように見えるが、彼らの動きはどこか異常だった。ブランコに座る子供は、全く楽しそうに見えないし、滑り台を滑る子供の顔にも生気がなかった。
「これ、夢じゃないの…？」
そう思いたくなるほど、異様な光景が広がっていた。出口を探そうと足早に街を歩いたが、どこへ行っても同じような無機質な人々ばかり。建物も、通りも、どれも似たようなものばかりで、まるで迷路の中をさまよっているようだった。
不安と恐怖が押し寄せ、私は必死に助けを求めようとした。
「誰か！ 誰かいませんか！」
しかし、反応はない。通り過ぎる「人間」たちは、私の叫びに全く気づく様子もなく、無言のまま、ただ前を見つめて歩き続ける。
「ここはどこなんだ…？」
絶望的な気持ちが込み上げたその時――遠くから、警官のような制服を着た男が歩いてくるのが見えた。彼だけは、他の住人たちとは違い、しっかりとした目をしていた。
「あなた…！」
私はその男の元へ駆け寄った。男は私を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。
「あー、なんでだ。どこから紛れ込んだ…」
彼は困ったようにぶつぶつとつぶやきながらも、私に優しい声をかけた。
「もう、ここに来ちゃダメですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、私の意識がふっと飛んだ。そして、次に気づいた時――私は、自宅の最寄り駅のホームに立っていた。
「え…？」
周囲を見渡すと、いつもの見慣れた駅の風景が広がっていた。街も、駅も、すべてが元通りだ。時計を見ると、終電が到着する前の時間だった。あの偽りの街は何だったのか。あの無表情な「人間」たちは、いったい何者だったのか。そして自分はどうやって最寄り駅まで来たのか――すべてが現実離れしていた。
「夢だったのか…？」
そう思いながらも、安心感に包まれながら、私は家路を急いだ。あの街には二度と戻りたくない――そんな思いを胸に抱きながら。
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