怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

バスの中での消えた乗客 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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あの日、私はいつものように帰宅のためにバスに乗っていた。仕事が少し遅くなり、乗ったバスは夕方のラッシュを過ぎた後で、乗客も少なかった。外はすっかり暗くなり始め、バスの窓には街の灯りがぼんやりと映っていた。

バスの車内は静かで、他の乗客もそれぞれ自分の世界に没頭していた。私はいつも座る窓際の席に腰を下ろし、スマホをいじりながら、外の景色をちらちらと眺めていた。

バスはゆっくりと街を進み、いくつかの停留所で止まっては、また走り出すといういつもの繰り返しだった。しかし、その日は何かが違った。

私が何気なく前方の座席を見た時、その人が目に入った。

彼は、バスの中央あたりに座っていた年配の男性で、グレーの帽子を深くかぶり、コートの襟を立てていた。顔はよく見えなかったが、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。最初は特に気に留めていなかったが、ふと気づくと、その男性は全く動かず、まるで時間が止まったかのようにじっと座っていた。

私が乗ってから数停留所過ぎても、彼は一度も体を動かすことなく、同じ姿勢のままだった。スマホを見ることもなければ、窓の外を眺めるわけでもない。何かがおかしいと感じ始めたのは、その時だった。

さらに奇妙だったのは、次の停留所でバスが止まった時だった。

停留所に誰も待っていなかったのに、バスのドアが開き、しばらくしてからまた閉じた。誰も乗ってこないし、誰も降りていない。運転手は何事もなかったかのようにバスを再び走らせたが、車内の静けさが一層不気味に感じられた。

そして、ふと気づいた。

あの年配の男性がいなくなっている。

「えっ?」

私は驚いてあたりを見回したが、彼の姿はどこにもなかった。彼が座っていたはずの席も空いていた。さっきまでは確かにそこに座っていたのに、誰もその席から降りる様子も見ていない。まるで彼が消えてしまったかのようだった。

「さっきまで、いたよね…?」

私は自分に問いかけたが、答えは見つからなかった。他の乗客たちも、誰一人として気にしている様子はなく、全くの無関心だった。皆スマホに集中していたり、窓の外を見ているだけで、あの男性が消えたことに気づいている様子はなかった。

その後、バスはさらにいくつかの停留所に止まりながら、いつも通りに進んでいったが、私はずっと落ち着かない気持ちで座っていた。あの男性はどこへ行ったのか? 彼は本当に最初からそこにいたのか? 頭の中で疑問が渦巻いていた。

私が降りる停留所が近づき、バスはまた一つの停留所に停車した。その時、何かが気になってもう一度バスの中央の席を見た。

すると、驚いたことに、あの男性がまたそこに座っていた。

「え…? どういうこと?」

まるで何事もなかったかのように、彼は再びあのグレーの帽子を深くかぶり、じっと前を見つめていた。今までの不在が嘘だったかのように、変わらぬ姿勢でそこにいた。

私は目を疑い、思わず自分の目をこすった。あの瞬間、彼は確かにいなくなったはずだ。それなのに、再びその席に現れている。周りの乗客たちは相変わらず何事もなかったように過ごしている。誰も彼のことを気にしていない。

私はどうしてもその謎を解くことができず、ただ背筋が寒くなった。

バスが私の停留所に到着し、私は慌てて降りた。振り返ると、バスの窓越しに、彼がまたじっとこちらを見つめているような気がしたが、怖くて見返すことができなかった。

その後、何度も同じ時間帯のバスに乗ってみたが、あの男性を二度と見ることはなかった。あの日の出来事が何だったのかはわからない。ただ、あの不思議な体験が私の心に深く残り、今でもバスに乗るときはふとあの時のことを思い出してしまう。



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