その日、仕事を終えてバスに乗り込んだ私は、少し疲れが溜まっていた。いつもなら帰宅ラッシュで人が多い時間帯なのに、今日は不思議なほど車内が静かで、乗客は私一人だけだった。
「いつもこの時間は混んでるのに…」
私は少し違和感を感じながらも、窓際の席に座ってスマホを取り出し、今日の出来事を整理しながらぼんやりと画面を眺めていた。そんな時、次の停留所でバスが止まり、ドアが開いた。
ふと顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。沙織だった。
「沙織…?」
彼女は大学時代からの親友で、いつも元気で活発なタイプだった。最近、何度か食事に誘ったが、そのたびに「忙しい」と断られ続けていたため、少し距離ができたように感じていた。だから、彼女がバスに乗ってきたのを見て、驚きと嬉しさが入り混じった。
「久しぶりじゃん!最近、誘っても全然会ってくれないから、どうしてるのかなって思ってたんだよ」
私は笑いながら声をかけた。沙織も笑顔で答えた。
「ごめんね、最近ちょっとバタバタしててね。今日はたまたまこっちに来てたから、偶然会えて良かったよ」
彼女は私の隣の席に座り、昔と変わらない雰囲気で話し始めた。だけど、何か違和感があった。彼女の笑顔はいつも通りだけど、どこか疲れているような、張り詰めた空気を感じた。
「大丈夫?体調とか悪いんじゃない?」
私はふと気になって聞いてみた。だが、沙織は笑いながら首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。でも、なんかこうして久しぶりに会うと、ホッとするね」
その言葉に少し安心しつつも、やはり彼女が何か隠しているような気がした。彼女は昔から強がるタイプで、つらい時でもあまり人に頼らない性格だった。けれど、その日はそんなことを深く追求する気にはなれず、しばらく大学時代の思い出や、最近の出来事について話し続けた。
バスは静かに進み、私たちはまるで昔に戻ったかのように、笑いながら話を続けていた。しかし、私の降りる停留所が近づいてくると、沙織がふいに黙り込んだ。
「ねえ、そろそろ私、降りるわ」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、沙織が急に私の腕を掴んだ。
「ちょっと待って」
私は驚いて振り返ると、沙織は小さな紙袋を取り出して、私に差し出した。
「これ、受け取ってくれない?」
「え、何これ?」
私は驚きながら紙袋を受け取った。袋の中身は何か柔らかい布のような感触だった。沙織は少しだけ微笑んで言った。
「大したものじゃないけど、私からのプレゼント。持っててほしいんだ」
「ありがとう、でも…どうしたの、急に?」
彼女は何かを言いかけたが、微笑みを崩さずに「大事にしてね」とだけ言った。それ以上、彼女の気持ちを聞き出すことはできなかった。
私は「またね」と声をかけてバスを降りた。ドアが閉まり、バスがゆっくりと走り去っていく。私はふとバスの窓越しに彼女の顔を見た。
彼女は笑顔で手を振っていたが、その目には涙が浮かんでいた。
胸が少しざわつくような不安感を抱えながら、私はその場で紙袋を開けてみた。中には、小さな手編みのマフラーが入っていた。とても丁寧に編まれたそのマフラーは、柔らかくて温かそうなもので、沙織らしいセンスが光っていた。
そして、マフラーには小さなメッセージカードが添えられていた。
「私の分まで、元気でいてね。ありがとう」
その瞬間、全てがつながった。胸がギュッと締め付けられるような感覚に襲われ、涙が自然とこぼれ落ちてきた。
私は急いでスマホを取り出し、沙織にメッセージを送ろうとしたが、その時、スマホに通知が一つ届いた。
「沙織、今朝亡くなったって…信じられないけど、彼女がずっと戦ってたなんて知らなかった」
メッセージを読み、言葉を失った。彼女はずっと病気と戦っていたのだ。私に言わなかったのは、きっと心配させたくなかったからだろう。でも、最後にこうして会いに来てくれたんだ。何も知らなかった私は、ただ彼女の優しさに気づけなかったことが悔しくて仕方がなかった。
手の中には、彼女が編んでくれたマフラーがあった。寒さが増すこれからの季節、彼女の温もりが詰まったこのマフラーを巻くたびに、沙織のことを思い出すだろう。
私は、泣きながら夜の街を歩き始めた。
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