僕がその不思議な体験をしたのは、ある日の仕事帰りだった。いつも通りの残業で、帰宅が遅くなり、電車が終わっていたため、深夜バスに乗ることにした。夜遅くまで運行しているバス路線は限られていて、家の近くまで行けるバスは少ない。僕が乗る予定のバスは、終電後の疲れたサラリーマンや帰宅する学生が乗るような便で、深夜2時過ぎに出発する便だった。
バス停に着いた頃、夜風がひんやりとしていて、街はすっかり静まり返っていた。人影もまばらで、すぐにバスが到着した。僕は無事バスに乗り込み、車内を見渡すと、ほとんど誰も乗っていない。車内の照明はぼんやりと暗く、運転手と僕以外には、数人の乗客がポツンと座っているだけだった。
僕は後部座席に腰を下ろし、スマホを手にして、なんとなくニュースやSNSを眺めていた。窓の外を見ると、バスは静かな夜道をゆっくりと進んでいる。少し疲れが出てきて、瞼が重くなり始めた。まばたきが増え、少しうとうとしながら過ごしていた。
そんな時だった。
ふと、何か異様な雰囲気を感じた。スマホを見ながらも、どこか落ち着かない感覚が胸の奥に広がる。背後に視線を感じるような、そんな違和感だった。
「誰か、こっちを見ている?」
そう思い、思い切って振り返った。すると、バスの一番後ろの座席に、一人の女性が座っているのが目に入った。彼女は僕のほうをじっと見つめていた。髪は長く、顔ははっきりと見えなかったが、何か異様な静けさをまとっていた。
「こんな人、乗ってたっけ?」
僕は最初からバスに乗っていた乗客を覚えているつもりだったが、あの女性は見覚えがなかった。気のせいかと思い、そのまま前を向いたが、どうにも落ち着かない。不安な気持ちが胸に広がり、再び女性の方を見た。
すると、女性は前を向いていた。だが、今度はさらに奇妙なことに気がついた。彼女が座っているはずの後部座席が、どこか不自然に揺れているのだ。いや、座席ではなく、女性が揺れている?、いや、女性の輪郭がぼやけて見える。
「え…」
急に心臓がドキドキし始めた。これは普通ではない。僕は慌てて目をこすり、しっかりと目を開けて確認しようとしたが、次に見た時には、その女性は消えていた。
「…いない…?」
一瞬、頭が真っ白になった。あれほどはっきりと後ろにいたはずの女性が、跡形もなく消えているのだ。振り返って座席を確認したが、空っぽだった。僕は混乱しながらも、運転手に声をかけようとしたが、体が動かない。
その時、バスが急にスピードを落とし、暗い住宅街の小さなバス停に止まった。僕は何が起こっているのかもわからないまま、車内を見渡した。
すると、また視界の端に、先ほどの女性の姿が見えた。今度は、バス停の横に立っていた。さっきまでバスの中にいたのに、今度はバス停の横に立って、ただじっとこちらを見ていたのだ。
僕は恐怖で動けなくなり、冷たい汗が背中を伝った。どうして彼女が外にいる? どうしてまた、こっちを見つめている?
「これは、普通じゃない…」
その時、バスのドアがゆっくりと開いたが、誰も降りることはなかった。そして、運転手がこちらを一瞬だけ見た。私の勘違いかもしれないが、その目には、何かを知っているような、妙に冷たい表情が浮かんでいた。
僕は声を出そうとしたが、言葉が喉に詰まり、何も言えなかった。やがてバスはドアを閉め、再び動き出した。女性はそのまま暗いバス停の影に消えていった。
家に着くまでの時間が、とてつもなく長く感じられた。バスを降りた瞬間、僕は全身が一気に軽くなったような感覚を覚え、急いで家に駆け込んだ。
あの女性は誰だったのか、なぜあんな風に僕を見つめていたのか。今でもわからないままだが、深夜のバスに乗るたびに、僕はあの時の異様な視線を思い出し、背筋がゾクッとする。
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