会社での残業を終え、ようやくバスに乗り込んだ頃には、もうすっかり夜も深まっていた。体は疲労で重く、座席に沈み込むと、自然と窓の外に目をやった。街の明かりがぼんやりと揺れ、乗客はまばら。車内には静かな空気が漂っていた。
次の停留所にバスが止まると、ドアが開いて、一人の男が乗り込んできた。年齢は中年くらいだろうか、薄汚れたスーツを着ていて、ネクタイは緩んでいた。季節はすでに初夏に差し掛かっていたが、彼の格好はどこか季節外れで、やけにくたびれた印象を受けた。少し奇妙に思ったが、疲れからか深く考えず、僕は再び窓の外に目を戻した。
しかし、すぐに違和感が募った。男はどこにも座らず、つり革にもつかまらず、車内の真ん中でじっと立っていたのだ。まるで何かを待っているかのように、動かず、無表情のまま。その様子が不気味で、視線を逸らすことができなかった。そして奇妙なことに、他の乗客たちはその男の存在に気づいている様子がなかった。まるで彼が見えていないかのように、みんな黙々と前を向いているだけだったのだ。
バスは再び走り出し、いくつかの停留所を過ぎていく。僕が降りる停留所が近づいたころ、ふと気づいた。さっきの男がいつの間にか姿を消していたのだ。バスは特に停まったわけでもなく、誰かが降りた気配もなかったのに。静かな車内に戻り、他の乗客も変わらずそのまま座っている。まさか…と思い、頭を振った。
「ただの思い違いだろう」
そう自分に言い聞かせながら、僕はバスを降りた。夜風に吹かれながら、バスが走り去るのを何となく見送っていたその時、背筋が凍りついた。バスの車内に、消えたはずのあの男が立っているのが見えたのだ。先ほどと同じ、じっと何かを見つめるような姿で、車内の中央に不気味に立ち尽くしていた。
驚きと恐怖で目をそらし、再びバスを見返そうとした時には、すでにバスは遠ざかり、男の姿は闇の中に消えていた。僕はその場に立ち尽くし、心臓の鼓動がやけに大きく感じた。背中には冷たい汗が流れていた。
あの薄汚れたスーツを着た男は一体何者だったのか。なぜあんな風に突然姿を消し、再び現れたのか。もしかしたら、僕が見てはいけない何かを見てしまったのかもしれない。その不安は、今でも心の中に重くのしかかっている。
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