ある日、デザイナーの麻衣は仕事の合間を縫って、いつものカフェで一息ついていた。お気に入りのコーヒーとノートパソコンを広げ、週末の締め切りに向けて作業を進めていた。カフェは落ち着いた雰囲気で、窓際の席から外を眺めると、街の喧騒が少し遠く感じられる場所だった。
その日も何気なくパソコンに集中していた麻衣だったが、突然、背中に奇妙な視線を感じた。何かにじっと見つめられている感覚があり、振り返って店内を見渡してみたが、特に誰もこちらを見ている様子はない。気のせいだと思って再び作業に戻った。
しかし、視線の感覚はその後も消えなかった。しばらくして、何となく背中が落ち着かなくなり、体を左右に揺らしてみてもその重苦しい視線はぴったりと追いかけてくる。
「変だな…」麻衣は思いながらも、パソコンの画面に集中し直そうとした。しかし、どうしてもその視線が気になってしまう。思い切ってスマホを取り出し、セルフィーのカメラを使って自分の背中側を写してみた。
カメラの画面を見た瞬間、麻衣は凍りついた。自分の背中に、あり得ない「何か」が映り込んでいたのだ。
そこには、暗がりからこちらを覗き込む「瞳」が映っていた。背中のあたりに、じっとこちらを見つめる目が浮かんでいたのだ。それはまるで皮膚の下から透けて見えるかのようで、白目が異様に大きく、黒目は鋭く光っていた。
「…なにこれ?」麻衣は驚きで声を出しそうになったが、周囲の客に気付かれないように必死に声を押し殺した。震える手で再びカメラを確認しても、そこには変わらず「目」が映っている。
慌ててスマホを閉じ、落ち着こうとしたが、どうしてもその目の存在が気になって仕方がなかった。冷たい汗が背中を流れ、心臓がドクドクと高鳴るのを感じた。思わずカフェを出たくなったが、もしこの「目」が自分自身についているものだとしたら…?
考えるだけで恐ろしかったが、麻衣は意を決して荷物を片付け、カフェを出ることにした。冷静に見れば、背中に「目」が浮かんでいるはずがない。そう自分に言い聞かせながら、街に出た。
しかし、外に出てもその「目」の感覚は消えなかった。背中をじっと見つめる視線の重さが常に付きまとい、逃げられないことを悟った。誰かに相談しようかとも思ったが、こんな話をすれば自分が気味悪がられるだけだろうと思い、家に帰ることにした。
夜、自宅の鏡の前で恐る恐る背中を確認してみると、そこには何も見えなかった。少し安堵したものの、ふと「これで終わりではない」気がした。鏡をじっと見つめていると、再び背中に冷たい視線を感じた。
慌てて鏡から目をそらし、スマホで後ろ姿を確認すると、そこには再び「目」が映っていた。まるで彼女を監視するように、背中の奥から覗き込んでいるようだった。
「こんなこと、あり得ない…」麻衣は必死でスマホを落としそうになりながらも、冷静さを取り戻そうとした。しかし、次の瞬間、その「目」が動き始めた。
「オオオ……ェェェ……オボドロ……」
背中から聞こえてくる不気味な囁きが、麻衣の耳元に響いた。まるで誰かが至近距離で囁いているようだったが、振り返っても誰もいない。鏡の中で「目」は再び動き、ゆっくりと麻衣を見つめながら、囁きを続けていた。
「オオオ……ェェェ……オボドロ……」
麻衣は恐怖で身体が震え、息が詰まったように感じた。その囁きが現実なのか、幻覚なのか区別がつかないまま、背中に刺さる視線と囁きに耐え続けた。
「直ぐに友達に話さなきゃ!」と思い、麻衣は友人に電話をかけた。誰かと話すことでこの恐怖が和らぐかもしれないと感じたからだ。
電話が繋がった瞬間、囁き声と「目」の動きはピタリと止まった。まるで、誰かと話した瞬間にその存在が消え去ったかのように静かになった。
友人と他愛もない会話を続けているうちに、背中に感じていた視線も次第に薄れていき、最終的には何も感じなくなった。麻衣はほっと胸を撫で下ろしながら、鏡を確認した。そこにはいつもの自分が映っているだけだった。
しかし、麻衣はその後も、背中に視線を感じることがあった。特に一人でいる時、鏡やガラス越しに自分の姿を見るたび、背中に「何か」が潜んでいる気配が消えなかった。
結局、麻衣はあの「目」の正体を突き止めることができなかった。それが幻覚だったのか、あるいは何かに取り憑かれていたのか。今でも、ふとした瞬間に背中に視線を感じることがあり、その度に彼女は周囲を警戒する。しかし、誰かと一緒にいる限り、その「影の瞳」は姿を現さないのだ。
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