その日は、特に何も変わらない日だった。仕事帰り、いつも通り家に向かう道を歩いていたはずだった。しかし、ふと気づくと、全く見覚えのない場所に立っていた。周囲はどこまでも広がる森。普段の街中の風景とは異なり、背の高い木々が不気味にそびえ立っていた。
「こんな道、あったか…?」
焦燥感が胸に広がる。確かに、いつもの通り道を歩いていたはずだ。しかし、何かが違う。空気が重く、肌にまとわりつくような湿気を感じる。空を見上げると、重い灰色の雲が空を覆い、日が沈む気配がないにもかかわらず、あたりは薄暗い。
とにかく元の道に戻ろうと、来た道を振り返る。しかし、そこには自分が通ったはずの道は存在していなかった。後ろには、さらに深く広がる森が広がっている。道はなく、ただどこまでも続く木々と、聞き慣れない鳥の鳴き声だけが響いている。
「おかしい…こんなはずじゃ…」
森の中を進むしかないと覚悟を決めた僕は、足を引きずるように歩き出した。葉の擦れる音、木の枝が風に揺れる音が耳をつくが、それ以外は異様に静かだ。風の冷たさがじわじわと肌に染み込み、不安が次第に恐怖へと変わっていく。
しばらく歩くと、遠くに何かが見えてきた。木々の間にぽつんと立つ、古びた建物。屋根は崩れかけており、窓は板で打ち付けられている。まるで忘れ去られた小屋のようだった。
「誰か…いるのか?」
その場所に希望を見いだし、僕は無意識に足を速めた。ドアを叩いてみたが、応答はない。仕方なく、ゆっくりとドアを押してみると、音を立てて開いた。
中は薄暗く、埃っぽい空気が充満していた。家具は壊れかけ、床は湿気で腐り始めていた。誰かが住んでいた痕跡はあるが、長い間人の気配がなかったことは明らかだった。
「ここは一体…」
何か手がかりになるものはないかと、奥へと進む。だが、そこでふと違和感を覚えた。外からは静寂しか聞こえなかった森だが、今は微かに、何かが動く音がする。それも、すぐ近くで。
背後を振り返ると、床にある影がゆっくりと動いていた。最初は、ただの木々の影だと思っていたが、それは徐々に大きくなり、形を帯びていく。
人の形をした影が、床から現れていたのだ。
「嘘だろ…」
慌ててその場を離れようとするが、足がすくんで動けない。影はじわじわと這い上がり、黒い霧のような形で実体化し始めた。顔はないが、まるでこちらを見ているように感じる。その存在が発する静かな圧力が、僕を凍りつかせた。
何とか意を決して、外に飛び出した。だが、森はすでに変貌していた。木々は不気味にねじれ、地面はどこまでも湿地のように沈んでいく。足を取られながらも、逃げ続けたが、気づけばどこへ進んでも同じ景色が続く。
やがて、視界がぼやけ始め、霧のようなものが立ち込めてきた。森の奥深くから、低い声のようなものが聞こえる。何かが僕を呼んでいるような感覚がした。
「ここから…出られないのか…?」
頭の中でそう考えた瞬間、足元が急に崩れ、全身が地面に沈み込んだ。足を引き抜こうと必死に動くが、泥のようなものがどんどん体を飲み込んでいく。必死に手を伸ばし、助けを求めるが、周囲には誰もいない。
沈み込んでいく中、ふと気づいた。遠くの木陰に、人影が見える。こちらをじっと見つめる何者かが、ただ静かに立っていた。
「あれは…誰だ…?」
その瞬間、すべてが真っ暗になった。
どれだけ時間が経ったのかはわからない。意識を取り戻したとき、僕は街の中に立っていた。森は消え、普通の街並みが広がっている。だが、その街はどこかおかしい。人々は無表情で、何かが決定的に欠けているように感じる。
「ここは…本当に現実なのか?」
恐怖が再び胸に込み上げ、全身が震えた。僕は確かに元の世界に戻ってきたはずだ。だが、何かが違う。すべてが現実のようで、現実ではないような、歪んだ感覚が残っている。
そして、遠くから再び、あの低い声が聞こえた。
「お前は、まだ逃げていない…」
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