アキラは、仕事の疲れを癒すため、いつも夜になると音楽を聴いてリラックスするのが日課だった。特にヘッドホンで聴くお気に入りのバンドのアルバムは、忙しい日々を忘れさせてくれる貴重な時間だった。薄暗い自室でソファに深く座り込み、音楽に浸りながら過ごすのが何よりも安らぎを感じる瞬間だった。
その日もいつものように、アキラはヘッドホンを装着し、お気に入りのアルバムを再生した。リビングの壁には、家族や友人と撮った写真が数枚飾られていた。特に、亡くなった父と一緒に釣りをしている時の写真が目に入った。父とはよく釣りに出かけた思い出があり、二人で笑顔を浮かべながら魚を掲げているその写真は、アキラにとって大切な宝物だった。
しかし、父が亡くなってから数年、アキラは忙しさにかまけてその写真を意識することが少なくなっていた。けれども、その日、何故かその写真に視線が自然と吸い寄せられた。
音楽に耳を傾けながら、写真をちらりと見つめていた時だった。突然、ヘッドホンから音楽とは異なる何かが聞こえてきた。
「…アキラ…」
それは、低くかすれた声で、確かに自分の名前を呼んでいた。音楽の一部ではなく、明らかに誰かの声だった。アキラは一瞬驚き、ヘッドホンを外して耳を澄ませた。しかし、部屋の中は静まり返っている。誰もいない。ただの気のせいだろうと、再びヘッドホンを装着し、音楽に集中しようとした。
だが、次の瞬間、再びその声が聞こえた。
「アキラ…どうだ、最近は…?」
今度は、はっきりとした言葉だった。その声は、亡くなった父のものに似ていた。アキラの心臓は一気に高鳴った。あり得ない。父はもういないのに、どうしてこの声が聞こえるのか。恐怖と混乱が交錯し、ヘッドホンを外そうとしたが、次の瞬間、音楽に混じってさらに明瞭な声が耳に届いた。
「釣り、行ってるか?」
その瞬間、アキラは手が止まり、凍りついた。幼い頃、父と一緒に釣りに出かけた思い出が鮮明に蘇ってきた。休日になると、よく父と二人で近くの川や湖に行き、自然の中で一日を過ごしていた。父はいつも笑いながら、アキラに釣りのコツや魚の種類について教えてくれた。
だが、仕事に追われるようになってからというもの、父と釣りに行く機会は少なくなり、最期に会った時も一言二言話しただけだった。父の死後、釣りに行くこともなくなり、思い出は記憶の奥にしまい込んでいた。
「…父さん?」アキラは思わず口にした。心臓がドキドキと音を立て、額には冷たい汗が滲んだ。しかし、部屋は静まり返り、声も消えてしまった。
アキラは目を閉じ、深く息をついた。自分が疲れていて、錯覚を起こしているのだと思い込もうとした。しかし、どうしても頭から父の声が離れなかった。再びヘッドホンをつけることができず、しばらくの間、リビングの写真を見つめていた。
その写真には、若かりし頃の父が、穏やかな笑顔で釣った魚を持ち、楽しそうにアキラと並んで写っていた。その表情は、今にも声をかけてくれそうなくらいにリアルだった。突然の出来事に、アキラは涙がこみ上げてくるのを感じた。
「父さん…ごめんよ、最後まで一緒にいられなくて…」アキラは写真に向かって呟いた。
その後、アキラは父の遺品を整理し、押し入れの奥にしまい込んでいた釣り竿を取り出した。そして、久しぶりに一人で釣りに出かけることにした。父との思い出の場所へ行き、静かに竿を垂らすと、昔と変わらぬ自然の音が耳に届き、心が落ち着いていくのを感じた。
あの夜の出来事が何だったのかはわからない。だが、父の声が私に届き、もう一度「釣り」という思い出を蘇らせてくれたことに感謝している。あの日、写真を通じて父が再び私に話しかけてくれたのだと思う。
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