大学時代、私には「霊感がある」と言われている友人がいた。名前はシュウ。普段は明るくて、少し軽い性格に見える彼だったが、時折鋭い目つきを見せることがあって、その時は本当に「見えているんだな」と思わされることがあった。
その友人シュウと、ある夜、一緒に彼のアパートで過ごしていた。彼の部屋は古く、築何十年も経っているらしいが、立地が良いせいか学生に人気の物件だった。とはいえ、初めてその部屋に入った時から、どこか薄暗い雰囲気が漂っていると感じたのを覚えている。
「ここ、ちょっと寒くないか？」そう言ったのはシュウの方だった。彼が言うと、妙に現実感があって少しゾクっとした。
「霊感とかないけど、確かにちょっと薄気味悪いな」
私が軽い冗談を言うと、シュウは静かに笑って「まあ、何かいるっぽいけど、気にすんなよ。別に害はないから」と返してきた。
それを聞いて一瞬緊張したが、確かにシュウが「大丈夫」と言うなら、普段からそういう体験に慣れている彼の言葉を信じようと思った。
夜も更け、話が盛り上がっていた時だった。突然、部屋の隅で何かが「コトッ」と音を立てた。まるで、何か小さなものが床に落ちたかのような音だ。
「…何だ？」
シュウも私も一瞬黙り込んだ。私が反射的にその方向を見たが、何もない。ただ、部屋の隅にある古い棚がそこに立っているだけだ。
「風かな？」私は軽く言ってみたが、シュウは真剣な顔つきで、じっとその棚を見つめていた。
「いや…多分、あいつがこっち見てる」
「え？」
シュウの言葉に、私は心臓が一瞬止まったかのような感覚に襲われた。
「あいつって…誰だよ？」と震える声で聞いた。
「見えないかもしれないけど、そこにいるんだよ。女の人。多分、この部屋にずっと住んでた人だと思う。」
シュウは落ち着いた口調で言うが、私は背筋が凍りついた。彼が冗談を言っているようには見えない。真剣な表情で、棚の方向をじっと見据えている。
「どうすればいいんだ？」と、動揺を隠せずに尋ねた。
「いや、大丈夫だって言っただろ。何もしないよ。たぶん、ただそこに座ってるだけ。」
その瞬間、部屋の中の空気が変わった気がした。明らかに重く、息苦しい感じが広がっていく。さっきまで何もなかったのに、急に部屋全体が狭く感じられるようになった。
私は冷や汗が流れ、視界の端で何かが揺れたような気がした。だが、はっきりと見る勇気はなかった。視線を棚の方向に向けたくても、どうしてもその一歩が踏み出せない。
「こっちには来ないから安心しろよ。」シュウは微笑んで言ったが、その顔にも少し緊張が見て取れた。
「これ、よくあることなのか？」私は何とか声を振り絞った。
「まあ、そうだな。見えるときは見える。でも…あまりじっと見ない方がいい。こっちも気づかれたくないからさ。」
シュウの言葉に、私はますます恐怖を感じた。彼は「大丈夫だ」と言っていたが、目の前で霊が存在していると言われている状況に、どうしても落ち着いていられなかった。
その時、突然電気が一瞬だけチカチカと瞬いた。まるで部屋のエネルギーが乱れているかのように感じた。
「もう寝ようぜ」とシュウが言った。私もそれに賛成したが、もちろんこんな状況で眠れるはずがない。部屋の隅にはまだ「誰か」がいるかもしれない。シュウは平然としているが、私は布団の中で身を縮め、目を閉じたまま震えていた。
しばらくすると、部屋は再び静寂に包まれた。電気も安定し、異様な空気も少しずつ和らいでいった。しかし、棚の方には決して目を向けないようにして、私は何とか夜をやり過ごした。
翌朝、私はシュウに「あれ、結局何だったんだ？」と聞いたが、彼は「ただの通りすがりだよ。特に害はないって言っただろ」と軽く笑った。
それ以来、シュウの部屋には何度か遊びに行ったが、私は決して部屋の隅にある棚を見ないようにしている。シュウが何も言わない時でも、あの棚の向こうには「何か」がいるかもしれない、そう思うとどうしても恐怖が消えなかった。
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