あの日、アキラのことが頭の片隅でずっと気になっていた。
後日、再びリョウに誘われ、私たちはまたアキラと会うことになった。前回の話が強烈に頭に残っていた私は、多少の不安を感じつつも、アキラが語る次の話に興味があった。
私たちが再び喫茶店で向かい合うと、アキラは前回と変わらない落ち着いた表情で話し始めた。ただ、その日の彼の雰囲気には、何か重く沈んだものが感じられた。彼の目は少し鋭く、今回語る話が、前回以上に強烈であることを予感させた。
「今日は、少し話すのをためらう話をするけど…覚悟して聞いてほしい。これまでに体験した中で、最も得体の知れない…説明できないほどの恐怖だった。」
彼の言葉に、私とリョウは背筋を伸ばし、話に集中した。アキラはしばらく目を閉じ、記憶を呼び起こすかのように口を開いた。
「数年前のことだ。ある依頼で、ある廃アパートに行ったんだ。依頼主はそこに住んでいた男性で、突然『家の中で誰かがいる』と感じ始めたらしい。最初は気配程度だったが、次第に物音や、夜中に部屋の隅に何かが立っていると感じるようになったという。」
アキラは静かな声で続けたが、その語りには一種の緊張がこもっていた。
「依頼を受けた時、俺は正直、そこまで危険なものだとは思っていなかった。怪談のような話はよくあるし、大半は何かしらの理由で解決できるものだったからな。でも、そのアパートに足を踏み入れた瞬間、何かが違うと感じたんだ。」
「違うって、どういうこと?」リョウが興味深そうに聞いた。
「空気だよ。重くて、嫌な感じがまとわりついてきた。普通、空気が『動いている』って感じることはないだろ?でも、その場所では、まるで空気そのものが何かの存在感を持っているようだった。」
アキラはコーヒーを一口飲み、静かに続けた。
「そのアパートの室内に入った時、すぐに感じたんだ。俺を見ている『何か』がそこにいるってことを。しかも、見えないんだ。でも、確実に『そこにいる』ってわかる感覚だった。背後に立っているような、でも姿はない。常に誰かが俺の背中に張り付いているようで、目を逸らせないんだ。」
アキラの言葉に、私は全身がぞくっとした。視線を感じるという感覚自体は珍しいものではないが、アキラが言うその「視線」が見えない「何か」から発せられているという恐怖は、想像を超えるものだった。
「部屋の中を調べていると、ある一室の扉の前で足がすくんだ。その部屋だけ、異様に冷たくて、音が全くしなかったんだ。しかも、扉に手をかけた瞬間、足元に強烈な冷気を感じた。まるで『入るな』って警告されているようだった。」
彼の声が少し震えたように感じられた。
「それでも、俺はその扉を開けた。でも、その部屋に入った瞬間…全身が凍りついた。そこには、何もないはずの壁に『影』が浮かんでいたんだ。普通の影じゃない。壁にじっと張り付いて、こちらを睨んでいるような、不気味な形をした黒い影。それが徐々に形を変え、何かを訴えるように動いていた。」
リョウが息を飲んだ。「影が動いてたのか…?」
アキラはゆっくりと頷いた。
「その影は、まるで俺を誘っているようだった。部屋の中心に立つと、全身を冷たいものが覆って、息苦しくなった。その瞬間、『ああ、ここにいる』って確信したんだ。そこには、もはや人間とは思えない何かが棲みついていた。そこにいた何かは、ずっと誰かを待っていたんだ。」
アキラの話に、私は思わず背筋を伸ばした。彼の目は冷たく、感情を抑えたまま語り続けた。
「その影を見ているうちに、俺は身体が動かなくなった。完全に『支配されている』感じだった。目の前の空間が歪んで、全てが暗く見えた。気を失いかけた時、突然、背後から『声』が聞こえた。耳元で、低くて苦しそうな声が『ここに…ずっと…いる』と囁いたんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は一気に鼓動を早めた。アキラの話があまりにも現実的で、まるでその場に自分が立っているかのように感じられたからだ。
「依頼主に状況を説明して、そのままアパートを出た。依頼主にはすぐにお祓いを勧めたが、あの場所には何かもっと得体の知れないものが棲んでいた。姿はないのに、強烈な存在感だけが残っている。あの影の正体は、今でもわからないが、確かに『生きている』ものではなかった。」
アキラは静かに話を終えた。リョウも私も、その場で一瞬言葉を失った。
私たちは無言のまま、その重苦しい空気に押し潰されそうだった。アキラの話がもたらしたのは、言葉で説明できない、得体の知れない恐怖だった。
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