静かな心療内科の診察室に、患者が入ってきた。今日は彼の顔色が普段より悪く、どこか疲れ切っているように見えた。最近のストレスや睡眠不足が彼の体に影響を与えているのかもしれない。私は優しい口調で話を切り出した。
「最近、何か夢を見ましたか?」
患者は少し黙り込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「……はい。すごく変な夢を見たんです。」
彼の声には何か不安げな響きがあった。私はさらに問いかけた。
「どんな夢だったんですか?」
彼は重い息を吐きながら、話し始めた。
「夢の中で、私は古い家にいました。薄暗くて、全く知らない場所でした。でも、なぜか自分の家だと思っていたんです。部屋の隅々が埃っぽくて、家具も古びていて……誰もいないはずなのに、何かの気配をずっと感じていました。」
私はメモを取りながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「その家で、何か特別なことが起きたんですか?」
「はい。気配を感じながら、家の中を歩き回っていたんです。静かすぎるのが逆に怖くて……誰もいないはずなのに、どこかから視線を感じるんです。やがて、廊下の奥に一つの扉を見つけたんです。開けるのが怖かったんですけど、なぜかその扉の向こうに行かなきゃいけないような気がして……。」
彼は一瞬言葉を止めたが、続けた。
「扉を開けると、そこには鏡が一枚だけ置いてありました。でも、鏡には僕の姿が映っていなくて……代わりに、何か黒い影が鏡の中にうごめいているんです。それがだんだん近づいてくるんです。影は形が定まってなくて、人のようにも見えるし、獣のようにも見える。」
私は少し緊張しながら、彼の話の続きを待った。
「それで……その影が急に私の方に飛び出してきたんです。逃げようとしたんですけど、体が動かなくて。影が僕に襲いかかってきて、冷たい手で僕の腕を掴んだんです。そして、鋭い爪で僕の腕を引っかいて……。」
私は思わず息を呑んだ。
「夢の中で、腕に痛みを感じたんですか?」
「はい……本当に痛かったんです。爪が腕に食い込んで、血がにじんでくるのがはっきりと見えました。叫ぼうとしても声が出なくて、そのまま何度も引っかかれるんです。痛みと恐怖で動けなくなって、もう終わりだと思ったその瞬間……目が覚めました。」
彼は腕を見つめながら、まだ夢の余韻が残っているような表情をしていた。
「でも、先生……それだけじゃないんです。」
私は彼の言葉を待ちながら、冷静さを保とうとした。
「何があったんですか?」
彼は少しためらってから、ゆっくりと袖をまくった。
「夢から覚めた時、腕に実際に引っかき傷があったんです。ほら……。」
彼が腕を差し出すと、そこにははっきりと爪で引っかかれたような傷が数本、赤く腫れ上がっていた。その傷は、まるで夢の中で受けた傷そのものだった。
私は一瞬息を飲み、背筋が凍るような感覚が走った。夢だとわかっているはずなのに、その傷が現実に現れているのを目の当たりにして、何か不気味なものに取り込まれそうな感覚に襲われた。
「どうして……こんなことが……」
言葉を絞り出すのが精一杯だった。私はそれ以上、この夢の話を聞くことに恐怖を感じた。何かこの世のものではない力が、彼の現実に影響を与えているようにしか思えなかった。
診察室を後にする彼の姿を見送ると、私は静かに席に戻ったが、先ほどの傷跡が頭から離れなかった。夢の中での出来事が現実に反映されるなんて、考えたくもないが……二度と、こんな話は聞きたくない。そう思わずにはいられなかった。
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