診察室の中は、いつもと変わらない静けさだった。しかし、今日の患者は明らかに何かを抱えている様子で、顔には不安の色が浮かんでいた。私は彼に優しく尋ねた。
「最近、何か夢を見ましたか?」
彼は少し間を置いて、重くため息をつきながら答えた。
「ええ……少し奇妙な夢を見たんです。まだはっきりと思い出せるくらい、生々しいんです。」
私はメモを取りながら、さらに促した。
「どんな夢だったんですか?」
彼は眉をひそめながら、話し始めた。
「夢の中で、私は見知らぬ町にいました。古い石畳の道が続いていて、建物は全部古びていて、まるで時間が止まったような場所でした。でも、不思議なのは、その町に誰もいなかったことです。人っ子一人いなくて、街灯も灯っていないのに、道だけはやけに明るいんです。」
私は彼の話に耳を傾けながら、メモを取り続けた。
「その町で、何か特別なことが起きたんですか?」
「ええ、最初はただ歩いているだけだったんですが……途中で急に気配を感じたんです。振り向くと、誰かが遠くから私を見つめているんです。姿ははっきりとは見えなかったんですが、シルエットだけがはっきりしていて……それが、徐々に近づいてくるんです。」
彼の声に少し緊張が混じり始めた。私は静かに彼を見つめ、続きを促した。
「その人物が近づいてくる時、あなたはどう感じましたか?」
「怖い……とは違うんですが、ものすごく奇妙な感じがしました。普通、誰かが近づいてきたら逃げようとするかもしれないのに、足が動かないんです。むしろ、その人物がどんな顔をしているのか見なければいけないような気がして……。」
彼はその瞬間を思い出すかのように、身を縮ませた。
「その人物が完全に私の目の前に来た時、はっきりと顔が見えたんです。でも……その顔が、僕自身だったんです。私と全く同じ姿をしたもう一人の私が、目の前に立っていたんです。」
私は少し身を乗り出し、彼の言葉を待った。
「もう一人のあなたですか……その時、何か言葉を交わしましたか?」
彼は少し戸惑いながら、話を続けた。
「何も言いませんでした。ただ、じっと見つめられて……その瞬間、何かが胸の奥から湧き上がるような感覚があって、それが苦しくて。もう一人の私も、私と同じように苦しそうな顔をしていたんです。まるでお互いの痛みを共有しているような、変な感じでした。」
彼の表情は次第に曇り始め、その時の感覚を思い出しているようだった。
「それで……そのもう一人の私が突然、ゆっくりと消えていくんです。足元からだんだんと、まるで霧のように消えていって、最後には完全にいなくなりました。でも、いなくなった後も、その場所にはまだ彼の存在が残っている感じがして……その瞬間、目が覚めたんです。」
私はメモを取り終え、少し間を置いてから彼に尋ねた。
「その夢を見た後、何か現実の生活で変化はありましたか?例えば、不安が増したとか、何か心に引っかかるようなことがあったり。」
彼はしばらく考え込んでから、首を振った。
「特にこれといった変化はないんですが……あの夢の中で感じたあの胸の痛みだけが、どうしても頭から離れないんです。現実でも、あの感覚が突然襲ってくるんじゃないかって……そんな不安が、ずっとつきまとっているんです。」
私は深く頷きながら、彼に言葉をかけた。
「その夢の中でのもう一人のあなたは、もしかしたらあなた自身の中にある何かを象徴しているのかもしれませんね。何か心の奥にある問題や、無意識の不安が夢の形で現れた可能性があります。」
彼は少し安心したように見えたが、まだ何かを言い足りないようだった。
「でも、先生……あのもう一人の私が消えていく瞬間に感じたのは、恐怖や不安だけじゃなくて……どこかでホッとした感覚もあったんです。あれが一体どういう意味なのか、まだ自分でもわからなくて……それが一番気味が悪いんです。」
私はその言葉に少し戸惑いを感じながらも、静かに彼を見つめた。夢の中で自分自身に向き合うというのは、非常に強烈な体験だ。そしてその夢が、何か深いメッセージを伝えているのかもしれないと思うと、私自身も少し不安を覚えた。
診察室を後にする彼の背中を見送りながら、私は彼の話が頭にこびりついて離れなかった。もう一人の自分と出会い、それが消えていく瞬間に感じた不気味な安心感……その夢には、何かとても深い意味が隠されているのかもしれない。
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