「また、眠れなくて…夜中に外を歩いてしまいました」
心療内科の診察室で、私は重い声を出した。先生はいつものように落ち着いた表情で、私を見つめていた。部屋の中は静かで、先生のデスクには処方箋や資料が散らばっている。そんな光景にも少し慣れてきた。
「また夜中に散歩ですか。どんな感じでしたか?」
先生の問いに、私は深く息をついてから話し始めた。
「昨日も眠れなくて、夜中に急に目が覚めたんです。時計を見ると、もう3時過ぎで…ベッドに戻ってもどうしても眠れなくて。だから外の空気を吸えば気分が良くなるかなと思って、家を出たんです。」
先生は頷きながら、さらに質問を重ねた。
「外に出ると、気分はどう変わりましたか?」
「少しは良くなったかもしれません。でも…外に出てすぐ、違和感がありました。いつもと同じ街並みなのに、何かが変だと感じたんです。夜中だから人もほとんどいないはずなのに、ポツポツと数名だけ人がいたんです。でも、その人たちが…なんというか…おかしかったんです。」
先生が眉を少し寄せて興味深そうに聞いてくる。
「おかしいというのは、どんな感じですか?」
「すれ違うだけなんですが…すれ違う瞬間、彼らが無表情すぎるんです。目は、まるで焦点が合っていないし、口元も感情が全くなくて。ただ歩いているだけなんですけど、何か…何かが違うと感じたんです。」
先生は少し考えながら、メモを取り、さらに問いかけた。
「それで、その時どう感じました? 怖かったとか、不安だったとか。」
「怖いというより、違和感が強くて…でもその時は、『夜中だからみんな疲れているのかな』って思おうとしました。だからあまり深く考えず、散歩を続けたんです。でも、その違和感がずっと残っていて…」
私は話しながら、昨夜の散歩の光景が頭の中に浮かんでいた。静かな街並み、遠くの街灯の光、そして、すれ違う無表情な「人々」。何も会話がないのに、彼らが何かを伝えようとしているような気がしてならなかった。
「その違和感の原因が何か、考えましたか?」
先生の質問に、私は少し戸惑ったが、答えた。
「わからないんです。ただ、すれ違うたびに、彼らが本当の人間じゃないんじゃないかって…なんというか、作り物みたいだって感じたんです。でも、その時はまだ、なんとか自分に言い聞かせていました。『ただの疲れだろう』って…」
先生は黙って私の話を聞いていた。彼が何かを考えているのがわかった。私は続ける。
「それで、散歩を続けて、家に戻ろうと思って道を引き返していた時です。家の近くに差し掛かったとき、顔見知りのご近所さんが庭先でほうきで掃除をしていたんです。こんな時間に、ほうきで掃除なんて普通ありえないじゃないですか?」
先生が少し目を細めながら、私に質問した。
「その方は普段はどんな方ですか? よく話すご近所の方ですか?」
「はい、昼間によく会って話す方で、いつも明るい人です。でも、その夜は何かが違いました。彼も他の人たちと同じように、無表情でほうきを動かしていて…その時、私は怖くなってしまったんです。」
「怖くなった理由は?」
先生は静かに問いかけてきた。私は少し言葉に詰まりながらも、正直に答えた。
「近所の顔見知りなのに、まるで別人に見えたんです。彼も無表情で、目が焦点が合っていなくて…それでも私は、挨拶をしようと『こんな夜中に、何をしているんですか?』って声をかけたんです。」
その瞬間、昨夜の記憶が鮮明に蘇る。私は続けた。
「でも、彼は笑顔を作ろうとして失敗したみたいな表情を浮かべて、私を見つめてきました。そして、何かを言おうとしていたけど、意味を成さない音の羅列しか出てこなくて…まるで、話すこと自体ができないみたいでした。」
「それで、どうしましたか?」
「怖くて、すぐにその場から逃げたんです。家に戻ってドアを閉めた後も、心臓がバクバクして、息が苦しくて…あれは、絶対に普通じゃなかったんです。」
先生は私の言葉にじっくりと耳を傾け、しばらく考え込んだ。
「その夜の出来事が、現実なのか夢なのか、わからないことはありますか?」
「正直…どちらか分かりません。全部が現実に起こったことのように感じるけど、あの無表情な人々やご近所さんの姿は、どうしても現実とは思えないんです。でも…あまりにもリアルで、どちらが正しいのか、混乱しています。」
先生は優しく私を見つめて言った。
「夢と現実の境界が曖昧になると、そういった経験が現れることがあります。特に、あなたのようにストレスや不安が強い時は、脳がその境界をぼやけさせることがあるんです。無理に区別をつけるのではなく、少しずつ自分を休めていくことが大切です。」
私は深く息を吐いた。現実なのか夢なのか、まだわからない部分は残っていたが、少しずつ心が落ち着いていくのを感じた。
「そうですね…少しずつでも、落ち着きを取り戻したいです。」
診察を終え、私は少し安堵した表情で診察室を後にした。しかし、頭の片隅には、あの夜のご近所さんの無表情な顔が、まだ鮮明に焼き付いていた。
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