私は、定年後にこのオフィスビルの夜間警備員として働くことになった。若い頃は営業の仕事をしていて、夜勤や警備なんて全く経験がなかったが、ここは静かで落ち着いていて、今の私にはちょうどいい仕事だと思っている。
その日も、いつも通り防犯カメラの映像を確認しながら、静かな夜の時間が過ぎていった。午前2時を回った頃、ふとひとつのモニターに目が留まった。そこには、映るはずのない風景が映し出されていたのだ。
「おかしいな…」
そのモニターは、普段はオフィスフロアの一角を映しているカメラに繋がっているはずだ。だが、今映っているのはまったく違う場所。広々とした田園風景が、そこに広がっていた。見渡す限りの緑の畑、木造の家々、そして走り回る子供たち。私はしばらく画面に見入っていたが、その光景にどこか懐かしさを覚えた。
「これは…」
気がつくと、その田園風景は私の幼少期にそっくりだった。いや、そっくりというか、あれは間違いなく私が育った村の景色だった。昭和30年代、私がまだ子供だった頃の田舎の風景が、どうして今、ここに映っているのか理解できなかったが、何か引き込まれるようにその映像をじっと見つめていた。
画面の中で、数人の子供が楽しそうに鬼ごっこをしている。その中に、見覚えのある少年がいた。小さな帽子を被り、泥だらけのズボンを履いて走り回っているのは、紛れもなく幼い頃の私だった。驚きと同時に、胸に何とも言えない懐かしい感情が込み上げてきた。
「どうして、こんな映像が…?」
私は理解できないまま、ただその映像を眺め続けた。そして、ふと思い出した。あの時、村に時々現れていた黒い機械を持った不思議な男のことを。60年以上も前のことだ。男は時々村にやって来て、見慣れない大きな機械を肩に担いで、子供たちや田園風景を撮影していた。その機械が何なのか、当時は誰もわからなかった。ただ、子供だった私たちは、その男を怖がることもなく、むしろ好奇心を抱いて近くで眺めていたものだ。
「もしかして…あれは…ビデオカメラだったのか…?」
今になって考えると、あの男が持っていたのは当時では考えられないような機械——ビデオカメラだったのかもしれない。しかし、そんなものが昭和30年代にあるのか。あの時代に、映像を撮影できるような技術は一般的ではなかったはずだ。だが、目の前に映し出されているのは、確かにあの時の村の風景、そして私の小さい頃の姿だ。
そのことに気づいた瞬間、私は一層その映像に引き込まれていった。昔の仲間たちが楽しそうに笑っているのを見て、遠い記憶が次々と蘇ってくる。あの頃は何も心配せず、ただ毎日を楽しんでいた。泥まみれで遊んだ日々、家に帰ると怒られた母親の顔、そして夕焼けに染まる田んぼの景色。全てが鮮やかに、目の前の映像と重なっていった。
しばらくその懐かしい風景に見入っていると、突然、映像がふっと消えた。モニターには元通り、オフィスの一角が映し出されているだけだった。まるで何事もなかったかのように、現実の風景に戻ってしまったのだ。
「何だったんだ、今のは…」
私は思わず立ち上がり、モニターの設定を確認しようとしたが、何も異常は見つからなかった。映像が一時的に乱れただけだろうか?しかし、あれが幻だったとは思えない。あの映像に映っていた風景も、自分の幼少期の姿も、全てがあまりにも現実的だったのだ。
その後も、私は仕事の合間に何度もそのモニターを確認するようになった。もう一度、あの風景が映るのではないかと、少し期待しながら。しかし、それ以来、二度と同じ映像が映ることはなかった。
私は今でも時々、その風景がまた現れるのではないかと思いながら、夜の警備を続けている。もしかしたら、あれはただの偶然の産物だったのかもしれない。それとも、私の心が昔を懐かしみ、何かを映し出したのかもしれない。答えは分からないが、あの不思議な映像を見た夜以来、私は少しだけ、警備員の仕事が楽しみになっているんだ。
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