その夜、私はいつも通りの夜勤に就いていた。ビルの警備員として、深夜の巡回が私の仕事だ。ビル内の全フロアを見回り、不審なことがないか確認する。普段は特に問題もなく、静かな夜が続くのだが――その夜は少し違った。
午前2時、地下1階の倉庫に向かうため、エレベーターに乗り込んだ。ここは深夜になると人気がなく、静まり返っている。エレベーターはいつも通り静かに地下へと向かい、やがて「チン」と軽い音を立てて地下1階に到着した。
扉が開くと、私は一瞬立ち止まった。いつも見慣れたはずの倉庫に続く廊下が、妙に綺麗になっていた。明るい照明がやたらと輝き、壁紙も新しいものに貼り替えられているようだった。
「なんだ? 改装でもしたのか…?」
不思議に思いながらも、私は仕事なので巡回を続けることにした。歩き始めると、廊下の奥には見慣れた倉庫ではなく、普通のオフィスが広がっていた。机が整然と並び、コンピューターや書類がデスクに置かれている。オフィスチェアも高級感があり、どこか落ち着いた雰囲気だ。
「改装してオフィスとして使い始めたのか…? それにしても、こんな夜中に仕事してるのか?」
私は警備員としていくつものビルを見回ってきたが、深夜にこんなに整然としたオフィスを見たのは初めてだ。しかも、数人の人影がデスクに座って仕事をしているようだった。深夜にオフィスで仕事をしていること自体が珍しいが、ここはもともと倉庫だった場所だ。改装の話も聞いていないし、何かがおかしい。
「おかしいな…」
不審に思いながらも、私はそのまま廊下を進み、オフィスの入口から中を覗き込んだ。そこには、スーツを着た数名の男女が黙々と作業をしている。キーボードを打つ音や紙をめくる音が微かに聞こえるが、彼らは一様に無表情だ。おかしいと思い、声をかけることにした。
「すみません、こんな時間にお仕事ですか? ここはもともと倉庫だったと思うんですが…」
私が声をかけると、一人の男性がゆっくりとこちらを向いた。だが、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。彼の目はどこか焦点が合っていない。まるでガラス玉のように無機質な瞳で、口元に引きつったような笑顔を浮かべている。
「……」
言葉を返されることはなく、ただ不自然な微笑みがそこにあった。周りの他の人間も、同じように無表情で仕事を続けている。彼らの動作はどこか機械的で、まるで何かに操られているかのようだった。
「こ、ここは…?」
次第に恐怖が膨らみ、私は後ずさりした。何かが決定的におかしい。目の前にいる「人々」は、まるで人間の形をした何か――「偽りの人間」だと直感した。彼らは作り物のような笑顔を浮かべながら、黙々と作業を続けている。
その時、背後から足音が聞こえた。慌てて振り返ると、廊下の奥から一人の男性が近づいてくる。制服を着た警察官のような姿をした男だ。だが、その姿にはどこか警察官というより警備員のような感じもした。
「こんなところに紛れ込んでしまったのか…」
彼はぶつぶつとつぶやきながら、私に近づいてきた。そして、驚いている私に向かって、優しい口調で言った。
「もう、ここには来ちゃダメだよ。」
その瞬間、まるで霧が晴れるように目の前の光景が変わった。気がつくと、私はいつもの地下1階の倉庫に立っていた。先ほどまでの綺麗なオフィスや偽りの人間たちは、まるで幻のように消え去っていた。
「なんだったんだ、今のは…?」
私は全身に冷や汗をかきながら、深呼吸をした。そこにはいつも通りの倉庫が広がっている。エレベーターの音や、倉庫特有の静寂だけが耳に届いた。
もしかして、さっきのは夢だったのか? しかし、夢にしてはあまりにもリアルで、息苦しささえ感じた。だが、それが現実だとしたら――私はいつの間にか偽りの街に迷い込んでいたことになるのだろうか。
「もう、こんなことは二度と起きないでほしい…」
自分にそう言い聞かせながら、私は深夜の巡回を再開した。だが、あの警察官のような男の言葉は、ずっと頭から離れなかった。
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