怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

箱から聞こえる呼吸音 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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俺は、深夜の警備員としてとある倉庫ビルで働いている。日中は活気がある場所でも、夜になるとまるで別世界のように静まり返る。この仕事には慣れていたが、あの夜だけは今でも思い出すたびに背筋が寒くなる。

その夜も、いつも通りに巡回をしていた。ビルの中にはたくさんの荷物が積まれていて、ほとんどが無機質な段ボールや木箱だ。何もない夜は、それらの間を歩き回り、異常がないか確認するだけの単調な作業だ。

午前2時を回った頃、ふと違和感を覚えた。大型の木箱のそばを通りかかった時、何か聞き慣れない音が耳に入ってきたのだ。最初は風の音だと思ったが、風が吹くような空間ではないし、音の方向も定かではなかった。耳を澄ましてみると、かすかに「ふぅ…ふぅ…」という呼吸音のようなものが聞こえてくる。

一瞬、聞き間違いかと思った。疲れている時には幻聴もありえる。だが、音は確かにそこにあった。俺は音が聞こえる方向を探し、いくつかの箱の間を歩いていった。そして、特定の一つの大きな木箱の前で立ち止まった。音は、その箱の中から聞こえているようだった。

箱には何も特別な表示はなく、ただ「取り扱い注意」と書かれているだけだ。普段なら気にも留めないはずの箱だが、その呼吸音はどうにも無視できなかった。俺は耳を箱の側面に近づけてみた。

「ふぅ…ふぅ…」

確かに聞こえる。しかも、かなりはっきりとした人の呼吸音だ。誰かが中にいるのか?だが、こんな場所で誰が?俺は不安を感じながらも、箱を開けるべきかどうか迷っていた。もし誰かが閉じ込められているなら、助けるのが俺の仕事だろう。しかし、こんな深夜に、倉庫の中の箱に人が入っているなんて普通ではない。

しばらくその場に立ち尽くしていると、呼吸音が少しずつ大きくなってきた。最初は微かなものだったが、今では明らかに不規則な、苦しそうな音になっている。心臓がドクドクと早く打ち始めた。何かがおかしい。この音は普通の人間のものではない気がしてきた。

それでも、俺は意を決して箱の蓋に手をかけた。ぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと蓋を開ける。中には真っ暗で、何も見えない。

だが、突然その暗闇の中から、明らかに「息をしている」気配を感じた。目の前の闇の中に何かがいる――そう確信した瞬間、箱の中から一気に冷たい風が吹き出してきた。まるで箱の中が無限の深淵に繋がっているかのような感覚だ。

「ふぅ…ふぅ…」

その呼吸音は、もう箱の中だけではなく、俺のすぐ背後からも聞こえ始めた。全身が凍りついたように動けなくなった。俺はゆっくりと振り返る。誰もいないはずの倉庫の中で、背中に何かがまとわりついているような重圧を感じた。

目の前には何もない。しかし、その呼吸音は、耳元で今も続いている。

恐怖に耐えられなくなった俺は、箱の蓋を閉じ、全速力でその場から逃げ出した。警備室に戻り、モニターで倉庫の映像を確認したが、何も異常は映っていない。だが、俺の耳にはまだ微かにあの「ふぅ…ふぅ…」という音が残っていた。

あれ以来、その倉庫に近づくたびに、俺は同じ場所でかすかな呼吸音を感じる。箱は、今もそのまま置かれているが、もう二度と開けるつもりはない。



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