数年前、僕は地方の小さなアパートに引っ越してきた。職場に近いことと、家賃が安かったことが理由だ。そこは古びていたけれど、静かで落ち着いた場所だった。僕が住んでいたのは一番端の部屋、212号室。アパートの構造上、僕の部屋の隣には部屋はなく、すぐ外壁があるはずだった。
引っ越してからしばらくの間、特に問題もなく快適に過ごしていた。しかし、夜中になると奇妙なことに気がついた。隣に部屋がないはずなのに、何かの音が壁越しに聞こえてくるのだ。例えば、誰かが歩き回る音や、テレビの低い音、時には何かを移動させるような音が断続的に響いてくる。
最初は、気のせいかと思っていた。アパート自体が古いから、木造の床や壁が勝手にきしむこともあるだろうと、あまり気にしなかった。だが、毎晩、同じ時間帯に同じような音が聞こえてくるとなると、さすがに奇妙に感じる。特に、深夜2時を過ぎるとその音が顕著になるのだ。
「隣の部屋なんてないはずなのに…」僕は何度も自分の部屋の配置を思い返してみた。212号室の隣は外壁で、他の部屋は存在しない。これは引っ越してきた時に確認済みだし、毎日、家を出るときに隣の部屋がないことはわかりきっている。しかし、音は確かに壁の向こうから聞こえてくる。
不安と好奇心が交錯する中で、ある夜、僕はコンビニに買い物に出かけることにした。深夜1時を過ぎた頃、軽く小腹が空いたので、夜中でも開いている近所のコンビニに行こうと思ったのだ。アパートの外に出る前、ふと自分の部屋の隣を見ると、いつもと違うことに気づいた。
213号室というプレートが、僕の部屋の隣に掛かっているのだ。
「は?213号室?」思わず足が止まった。昼間、何度も見たことがある廊下に、こんな部屋は存在しなかったはずだ。隣は外壁だけで、他に部屋はないはずなのに、そこに堂々と「213号室」のドアがある。しかも、そのドアは薄暗い照明の中でぼんやりと光っている。
僕は混乱し、急いで廊下を確認した。まさか、昼間に見落としていたのかと思い、自分の記憶を必死に辿る。しかし、確かに昼間はそんな部屋は存在していなかった。僕は怖くなり、その夜はコンビニに行くのをやめて、すぐに部屋に戻った。
その後、昼間になってからもう一度213号室のあたりを確認した。しかし、案の定、そこには何もない。ただの壁だった。213号室の痕跡はどこにも見当たらない。
「やっぱりおかしい…」僕はその時、はっきりと理解した。213号室は昼間には存在しないのだ。夜中になると、突如としてその部屋が現れる。
次の夜、恐る恐る廊下に出て確認してみると、やはり213号室は存在していた。さらに不気味なことに、そのドアの下から、うっすらと明かりが漏れていた。僕はドアノブに手をかける勇気がなく、ただその場で立ち尽くしていた。
毎晩、213号室は決まった時間に現れる。しかし、昼間は決して見ることができない。そして、壁越しに聞こえてくる生活音。そこには誰かが住んでいるようにしか思えないのに、その「誰か」に出会うことはなかった。
僕は、次第にその現象に耐えられなくなった。もしかすると、このアパートには僕の知らない何かがあるのかもしれない。そう思い、少し恐怖を感じつつも、212号室から早々に引っ越すことを決めた。
引っ越した後、あのアパートのことを調べる勇気はない。213号室は一体何だったのか?本当に誰かが住んでいたのか、それとも何かの幻だったのか…今でもわからないままだ。
あのアパートにはもう二度と戻りたくない。ただ、一つだけ確かなのは、あの夜の213号室は、間違いなく僕の目の前に存在していたということだ。
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