俺たちは、深夜に町外れの廃ビルへと向かっていた。廃墟マニアの友人たちが「心霊スポット」として話題にしていて、好奇心から行くことになったんだ。ビルは見るからに荒れ果てていて、窓ガラスは割れ、外壁は汚れとツタで覆われていた。夜の闇の中、静まり返ったその建物は、まさに不気味さが漂っていた。
「ここだな…」とリーダー格の友人が低い声で呟き、俺たちは意気揚々と廃ビルに侵入した。懐中電灯を照らしながら歩き出すと、廃ビルの内部は思った通り、ひどく荒れ果てていた。壁は崩れ、床にはゴミや瓦礫が散乱していて、どこもかしこも埃っぽい匂いが鼻を突いた。まさに心霊スポットにふさわしい、廃墟そのものだった。
1階の探索を終えると、階段を登り始めた。2階、3階と進むごとに同じような光景が広がっていた。廊下も部屋も全てが崩れかけていて、床に踏み込むたびにギシギシと不気味な音を立てた。だが、俺たちは特に異変を感じることもなく、ただのボロボロの廃ビルだと思っていた。
しかし、次の階段を登ろうとした時だった。違和感がじわじわと広がっていった。階段の先、上のフロアが妙に「明るい」のだ。今までの薄暗い廃墟の階と違って、まるで電気がついているかのように、明るく照らされていた。
「おい、なんで上の階だけこんなに明るいんだ?」友人の一人が不安そうに呟いた。俺も不審に思いながら、懐中電灯を消してみた。だが、上の階はそれでもはっきりと照明で照らされていた。さらに、足元の階段がやけに「きれい」なのだ。これまでの階段は、割れたガラスやホコリで覆われていたのに、この階段だけはしっかりと掃除されているように見えた。
「なんだこれ…」心臓が少し早く鼓動するのを感じながら、俺たちは階段を登りきり、上の階に足を踏み入れた。驚くべきことに、そのフロアは整然としていた。多少の老朽化は見られたが、廊下は清潔に保たれていて、蛍光灯の白い光が明るく空間を照らしている。
「誰かいるのか?」友人の一人が小声で聞いた。俺たちは少し不安になりながらも、廊下を進んでいった。その時だった。奥の部屋から何人かの人影が見えたのだ。スーツを着た男たちが、デスクに向かって忙しそうに書類を広げたり、パソコンに向かって作業をしていた。近くには、OLらしき女性たちもファイルを手にして、せわしなく動き回っていた。
「な、なんだよこれ…」一瞬、頭が真っ白になった。ここは深夜の廃ビルだ。なのに、目の前には仕事に勤しむ人々が存在している。しかも、誰も僕たちの侵入を気にしている様子はない。
そんな時、不意に一人の男性がこちらに気づき、近づいてきた。「君たち、何?もしかして、お客さん?」と、柔らかい口調で話しかけてきた。彼は微笑みながら「どんな物件をお探しですか?」と、手に持っていた数枚の物件のチラシを渡してきた。
俺たちは、完全に混乱していた。心霊スポットに肝試しに来たつもりが、突然「物件」を紹介されているなんて…。慌てて「いや、違います!僕たちはお客さんじゃないんです!」と否定すると、男性の表情が一変した。
「は?お客さんじゃないの?」急に態度が変わり、彼は冷たい口調で「じゃあ、邪魔だから出てってくれる?」と言い放った。周りの他の人たちも、ちらちらとこちらを不機嫌そうに見ていた。
俺たちは、その異常な雰囲気に完全に圧倒され、慌てて階段を駆け下りた。何度も足を滑らせそうになりながら、下の階に戻ってきた。そこは、やはり荒れ果てた廃墟だった。埃と瓦礫が散乱し、ひどく寒々しい空間が広がっていた。
「…なんだったんだ、今の…?」階段の上を恐る恐る見上げると、そこだけは相変わらず清掃されていて、明るい光が漏れていた。しかし、もう誰一人として上の階に戻ろうとは思わなかった。
俺たちは廃ビルを飛び出し、その場を後にした。
俺たちはしばらくの間、無言で歩いていた。心の中では「今見たものは本当に現実だったのか?」という疑問が渦巻いていた。廃墟で電気がついているはずがないし、あの忙しそうなオフィス空間は明らかに異常だった。全てが幻覚か何かだったんじゃないか――そんな思いが頭を離れなかった。
だが、その時、友人の一人がポケットの中をまさぐり、何かを取り出した。「これ、見てくれ…」と震える声で言いながら差し出したのは、あの時渡された「物件のチラシ」だった。
俺たちは息を飲んだ。チラシには確かにオフィスビルの情報が載っており、きれいなレイアウトが印刷されていた。手触りも現実そのもので、風に吹かれてカサカサと音を立てていた。
「…これ、嘘だろ?」俺たちは顔を見合わせ、互いの表情から同じ恐怖を感じ取った。チラシは現実だ。今さっき手渡されたものが、目の前にある。それが事実である以上、あの階で起こった出来事もまた、現実だったということだ。
急に背筋が冷たくなり、体中に鳥肌が立った。もう一度、廃ビルに戻ろうという気には到底なれなかった。俺たちは震える手でチラシを丸め、できるだけ早くその場所を立ち去った。
後日、昼間にもう一度あの廃ビルを確認しに行った。俺たちが侵入したのは夢か何かだったのか確かめたかったのだ。しかし、外から見る限り、どのフロアも廃墟そのもので、荒れ果てたままだった。明るいフロアなど、どこにも存在しなかった。
あの時、何を見たのか、俺たちは今でも理解できない。だが、確かなことは、あのビルにはもう二度と入らないということだ。
■おすすめ
マンガ無料立ち読み
マンガをお得に読むならマンガBANGブックス 40%ポイント還元中
1冊115円のDMMコミックレンタル!
人気の漫画が32000冊以上読み放題【スキマ】
ロリポップ!
ムームーサーバー
新作続々追加!オーディオブック聴くなら - audiobook.jp
ページをめくってゾッとする 1分で読める怖い話 [ 池田書店編集部 ] 価格:1078円 |