診察室は穏やかな空気に包まれていた。今日の患者は女性で、緊張した様子ながらも、何かを話したがっている様子だった。定期的な質問が終わった後、彼女はふと口を開いた。
「先生、最近ずっと同じ夢を見るんです。それが……ちょっと奇妙で。」
私は彼女の言葉に興味を引き、優しく促した。
「どんな夢だったんですか?」
彼女は少し考え込んでから、話し始めた。
「夢の中で、私、イモムシを飼っているんです。見たこともないような、すごく綺麗なイモムシで……不思議なんですけど、夢の中ではそれを気持ち悪いって思わないんです。むしろ、すごく大事にしていて、せっせと世話をしているんですよ。葉っぱをあげたり、虫かごを掃除したり……。」
彼女の声には、夢の中での愛着が感じられた。私はその感覚に焦点を当てて質問を続けた。
「そのイモムシを飼っている時、どんな気持ちで世話をしていましたか?」
「夢の中では、すごく愛着が湧いているんです。現実なら、イモムシなんて絶対に触りたくないし、見るだけで嫌になるはずなんですけど……夢の中だと、そのイモムシがとても大切に感じて、成長を見守りたいって思っているんです。」
彼女はその感情を振り返りながら、さらに話を続けた。
「最初の日の夢では、そのイモムシはすごく小さくて、でも本当に綺麗な色をしていました。毎日夢を見るたびに、少しずつイモムシが大きくなっていくんです。そして、私は毎日その世話をするために夢を見るのが楽しみになっていて……現実でも、夢の続きを見たいって思うくらいでした。」
私はその夢が続いていることに興味を持ち、さらに深く尋ねた。
「そのイモムシが成長していく過程を夢で見ている時、特別な感情がありましたか?」
「そうですね……毎日少しずつ大きくなるのを見て、『あぁ、これがもっと大きくなって、蝶になるんだ』って思ってました。何故か、その変化がすごく待ち遠しくて、成長していくのが嬉しかったんです。」
彼女の顔に少し笑顔が浮かんだが、やがて表情が曇り始めた。
「でも、イモムシが蛹になった時、ちょっと違和感を感じ始めたんです。蛹がすごく重そうで……でも、夢の中ではその違和感が気にならなくて、『ああ、もうすぐ羽化するんだ』って楽しみの方が勝ってました。」
私はその不思議な感覚に興味を持ち、彼女に質問を続けた。
「その蛹が羽化する瞬間を待っている時、どんな気持ちがありましたか?」
「毎日、『今日こそ羽化するかな』って心待ちにしていました。夢の中では、本当にその瞬間が楽しみで仕方なかったんです。そして、やっとその時が来たんです。」
彼女の声に少し緊張が混じった。
「それで、ついに蛹が羽化したんですが……羽化した蝶が、ものすごく気持ち悪かったんです。最初に飼っていたあの綺麗なイモムシからは想像できないくらい、不気味で、色も形も……とても見られたものじゃなくて。それまで楽しみにしていた自分が信じられないくらい、嫌な気持ちになりました。」
彼女の声には、明らかに夢の中で感じた嫌悪感が表れていた。私はその感情に焦点を当て、さらに聞いた。
「その蝶を見た時、どんな気持ちが強く湧いてきましたか?」
「ショックでした。あんなに楽しみにしていたのに、現れたのがこんなに気持ち悪い蝶なんて……。夢の中でも、急に自分が今までしてきたことが全部無意味だったように感じてしまって、『なんでこんなものを育てたんだろう』って後悔しました。しかも、その蝶が自分に向かって飛んでくるのがすごく怖くて、そこで目が覚めました。」
彼女はその瞬間を思い出し、少し震えながら話を続けた。
「それからも、その夢を繰り返し見るんです。毎回同じようにイモムシを育てて、蛹になるまで世話をして……でも、羽化すると、またあの気持ち悪い蝶が現れるんです。」
私はその夢の持つ象徴的な意味を考え、彼女に話しかけた。
「もしかすると、その蝶があなたにとって何かを象徴しているのかもしれませんね。最初は期待と喜びがあったのに、最終的には不安や嫌悪に変わってしまったということは、何か現実での出来事や感情が夢に反映されている可能性があるかもしれません。最近、何かに対して期待が裏切られたり、予想外の結果に落胆したことはありましたか?」
彼女はしばらく考え込んでから、静かに答えた。
「確かに、最近仕事でもプライベートでも、期待していたことがうまくいかなくて……何かを一生懸命やっても、最後には期待外れな結果になることが多くて。それが夢に反映されているのかもしれません。」
彼女は夢を通じて、自分の現実の感情に気づき始めているようだった。
診察室を出る彼女の背中を見送りながら、私はその夢が彼女にとって何を象徴しているのかを考えていた。綺麗なイモムシが羽化して気持ち悪い蝶に変わる――それは、彼女の中での期待と現実のギャップ、そしてその失望感を表しているのかもしれない。彼女がこの夢を通じて、自分の感情を整理し、新たな道を見つけられることを願っていた。
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