地元で有名な廃病院があった。長年放置され、噂では患者が取り残されたまま亡くなったとか、医療事故が隠蔽されていたなどの怪談が語られていた。そんな話を面白がった友人たちに誘われ、私はその夜、心霊スポットになっている廃病院に行くことになった。
正直、あまり行きたくなかったが、「一緒に行こうぜ」と言われ、断れなかった。誰もいないはずの病院に入り込むなんて、ただでさえ怖いのに、何かが出たら――そう考えるだけで不安が募っていた。
夜10時過ぎ、私たちはその病院の前に到着した。外観は想像以上に荒れていた。壁はひび割れ、窓は割れたまま放置され、蔦が絡みついている。まるで病院自体が何かを隠しているかのような、不気味な存在感が漂っていた。
懐中電灯を照らし、錆びついた鉄扉を押し開けると、湿った空気が私たちを迎えた。誰もいないはずの廊下が、まるでこちらをじっと見ているかのように感じられた。
「うわ…ここ、ほんとにやばいな」
「平気だって。さっさと探索しようぜ!」
友人たちは平然とした様子で、廊下の奥へ進んでいった。私も不安を抑えながら、彼らの後を追った。
廊下には古い病室がいくつも並んでいた。カーテンがボロボロになったベッド、埃まみれの車椅子、散乱したカルテ…。薄暗い光の中、全てが異様に見えた。足元にはガラスの破片や錆びた器具が散らばっており、歩くたびに乾いた音が響いた。
すると、友人の一人が言った。
「地下にも部屋があるって聞いたことあるぞ」
「え、地下なんてあるの?」
「うん。でも、そこは絶対に行っちゃいけないって噂があるんだよ」
その言葉に背筋がゾッとしたが、誰かが「怖いのか?」とからかってきたので、私は仕方なく付いていくことにした。
階段を降りると、薄暗い廊下の先に、地下室のドアが見えてきた。ドアは錆びついていて、長い間開けられた形跡がなかったが、友人の一人が力任せに開けた。
ギギギ…という音を立て、重い鉄扉が開くと、そこには真っ暗な空間が広がっていた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「何も出やしないって。ほら、行こう!」
仕方なく私たちは地下室へ足を踏み入れた。そこは異様に広い空間で、古いベッドや医療器具が無造作に置かれていた。壁には、何かがこすられたような黒い跡が点々とついていた。
地下室を探索していると、突然――奥から微かな声が聞こえた。
「…たすけて…」
「今の、聞こえたか?」
全員がその場で固まり、顔を見合わせた。声は、確かに奥の部屋から聞こえてきた。震えながら奥へ進むと、薄暗いライトの下に、誰かの姿がぼんやりと浮かんでいた。
それは、白い病衣を着た女性だった。
彼女はこちらに背を向けて立ち尽くしており、何かを呟いている。
「たすけて…たすけて…」
友人の一人が、恐る恐る彼女に声をかけた。
「…あの、大丈夫ですか?」
その瞬間――彼女の首が、ゆっくりとこちらに向いた。
彼女の顔は、異様に歪んでいた。左右非対称の笑顔が張り付き、瞳は焦点が合わず、虚ろなままだった。私たちは凍りつき、何も言えずに立ち尽くした。彼女の口がゆっくりと開き、奇妙な声でこう呟いた。
「ここから…逃げられないよ…」
次の瞬間――彼女の姿が、ふっと消えた。
「ヤバい!逃げるぞ!」
友人たちはパニックになり、全員で来た道を引き返した。廊下を全速力で駆け上がり、出口へ向かって走った。しかし、どれだけ走っても、出口にたどり着かない。まるで廊下が無限に続いているかのようだった。
「おかしい!こんなはずない!」
汗だくになりながら必死に走る中、突然――コツ…コツ…と足音が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、さっきの女性が遠くの廊下の奥に立っていた。今度は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきている。
「ヤバいって!急げ!」
私たちは必死に走り、ようやく病院の入口の扉にたどり着いた。扉を力いっぱいに押し開け、外に飛び出した瞬間、背後の足音がピタリと止んだ。
ようやく外の空気を吸った時、全員が崩れ落ちるように座り込んだ。
誰も何が起こったのか説明できなかった。ただ一つわかるのは、あの地下室には何かがいたということだ。
そして、あの女性が最後に言った言葉――
「ここから逃げられないよ」という声が、今でも耳に残っている。
それ以来、私は二度と廃病院には近づかない。
だが、今でも時折、あの時の足音と歪んだ笑顔が夢に出てきて、私を追いかけてくる。
■おすすめ
マンガ無料立ち読み
1冊115円のDMMコミックレンタル!
人気の漫画が32000冊以上読み放題【スキマ】
ロリポップ!
ムームーサーバー
新作続々追加!オーディオブック聴くなら - audiobook.jp
ページをめくってゾッとする 1分で読める怖い話 [ 池田書店編集部 ] 価格:1078円 |