それは、友人の誘いで湖に夜釣りに出かけたときのことだった。湖は街から少し離れた場所にあり、周囲に灯りはほとんどなく、釣り人もまばらな静かな場所だった。夜釣りに行くのは初めてだったが、「夜の方が大物が釣れる」と友人に言われ、楽しみにしていた。
しかし、その夜、私たちが湖の静けさの裏に隠された恐怖を知ることになるとは、夢にも思わなかった。
夜9時過ぎ、私たちは湖の近くに車を停め、釣り道具を持って桟橋へと向かった。月明かりが湖面をかすかに照らしているが、周囲はほとんど暗く、波の音だけが静かに響いていた。
「すげぇ静かだな……」
「こういう静かな夜の方が釣れるんだよ。早速準備しようぜ!」
友人と一緒に糸を垂らし、釣りを始めた。風もなく、水面はまるで鏡のように静まり返っていた。遠くでフクロウが鳴く声が聞こえる以外、何も音がしない。
最初の30分ほどは、何も起こらなかった。魚がかかる気配もなく、ただ静かな時間が過ぎていく。時折、湖面に波紋が広がるが、釣り人なら誰もが知っている、何の変哲もない魚が水面を跳ねた音だと思っていた。
しかし、しばらくして――
「おい、あれ見てみろ」
友人が湖の中央を指差した。暗い湖面に浮かぶようにして、白いものが見えたのだ。
「何だ、あれ? 浮き? それとも鳥か?」
私たちは目を凝らしてその白い物体を見つめた。最初は流木やビニール袋のように思えたが――それは少しずつ、こちらに近づいてきていることに気がついた。
「……人?」
友人が小さな声で呟いた。よく見ると、それは長い黒髪の女性のようだった。彼女はうつ伏せで水面に浮かんでおり、ゆっくりとこちらに流されてきているように見えた。
「おい、大丈夫か? ……これ、警察呼んだ方がいいんじゃないか?」
私は背筋が冷たくなるのを感じながらも、友人にそう言った。だが、友人はどこか様子がおかしかった。釣り竿を放り出し、目を見開いたまま、その女性の方をじっと見つめている。
「おい、大丈夫かって!」
私が声をかけた瞬間――その女性の顔が、ゆっくりとこちらを向いた。
「……!」
月明かりに照らされたその顔は、人間のものではなかった。白く膨れ上がり、目は虚ろで、口元は異常に引きつり、まるで笑っているように歪んでいた。その姿に息を飲んだ瞬間――
バシャッ!
突然、女性の体が水中に沈み込んだ。
「今の、何だ……?」
私は混乱し、すぐに湖面を見回したが、彼女の姿はどこにも見えない。静まり返った湖には、ただ小さな波が広がっているだけだった。
「……幻覚だったのか?」
そう思いたかったが、友人がまだ放心状態で湖を見つめている。
その時――
コツン…コツン……
何かが桟橋にぶつかる音が聞こえた。湖面を見下ろすと――
先ほどの女性の顔が、水中からじっとこちらを見上げていたのだ。
私は恐怖のあまり叫び声を上げ、釣り道具を放り出してその場を逃げ出した。
友人も我に返り、二人で車に飛び乗って湖を後にした。
あの夜、私たちが見たものは一体何だったのか――あれが本当に人間だったのか、それともこの世のものではなかったのか。
そして、私はふと考えてしまう。もしあの時、もう少し長く湖に留まっていたら――あの女性は私たちを連れて行ったのではないかと。
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