怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

湖に立つ白いワンピースの女性 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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それは、夏の終わりに友人と一緒に湖で夜釣りをした時のことだった。昼間の暑さも落ち着き、風が少し涼しく感じられる夜だった。釣り好きの友人が、「この時期は夜の方が魚がよく釣れる」と言って、湖に誘ってくれた。

夜の湖なんて初めてだったけど、特に怖いという感じはなかった。辺りは静かで、湖面は月の光を受けて穏やかにきらめいていた。

私たちは桟橋の先端に腰を下ろし、釣り竿を湖に垂らした。風もほとんどなく、波も立たない。魚がかかる気配はなかなか感じられなかったけれど、それもまた静かな時間の一部として心地よかった。

糸を垂らしながら、ただぼんやりと湖面を眺めていると、突然、友人が声を潜めて言った。

「……おい、あれ見てみろ」

指さす方向に目を向けると――湖の中央あたりに、白いワンピースを着た女性が立っていた。

「……え、あれ……立ってる?」

一瞬、目を疑った。まるで湖の上に床があるかのように、彼女は水面に立っているのだ。風でふわりと揺れる長い髪。月の光を受けて白く浮かび上がるワンピース。

私は反射的に「おかしい」と思った。湖の中央に人が立てるわけがない――ボートもなし、浮かぶものも何もないのに、彼女は湖の上でまっすぐ立っている。

「……幽霊か?」

友人が冗談のように言ったが、不思議なことにあまり怖くなかった。距離があったからかもしれないし、その女性が全く動かなかったせいかもしれないが、なぜかその女性には恐怖を感じない。ただ、不思議で奇妙な光景がそこにあるというだけだった。

彼女はただ、微動だにせずに立っている。こちらを見ているわけでもなく、何かを探しているようにも見えない。ただその場所で、時間が止まったように立っている。

「何だろうな、あれ……」

友人も呆然としていた。普通なら写真でも撮りたくなるところだが、私たちはスマホを取り出そうともしなかった。それが間違いだと思えたからだ。撮るべきではない――そう感じた。

5分ほど経っただろうか。いや、もっと短かったかもしれない。彼女はずっとそこに立っていたが、突然ふっと姿が消えた。

「え……消えた?」

私たちは思わず目をこすったが、湖の上にはもう誰もいない。ただの静かな水面が広がるばかりだった。

「見間違い……だったのかな?」

友人がそう言ったが、どちらもそうとは思えなかった。確かに見た。でも、説明できない――ただそれだけの、不思議な出来事だった。

その後も釣りを続けたが、結局その日は魚が一匹も釣れなかった。

「……今日はもう帰るか」

帰り道、友人が言った。誰もその女性のことを話そうとしなかったが、心の中にはあの光景が焼きついていた。

それ以来、私たちは何度も湖に夜釣りに行ったが、あの女性の姿を見ることは二度となかった。

ただ、今でも静かな夜、湖の中央をぼんやりと眺めると、彼女がもう一度現れるのではないかと思う時がある。もし再び出会えたら、今度は何かを伝えようとしてくれるのかもしれない――そんな奇妙な期待が、今でも心の奥底に残っている。



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