いつもの喫茶店で、私とリョウはまたアキラの話を待っていた。彼が語る話には、いつも独特の得体の知れない恐怖が漂う。今日もアキラは、静かにコーヒーを一口飲んでから話を始めた。
「今回の話は、俺自身も少し後悔してる出来事だ。夜中のドライブで、ちょっと気の向くままにある湖に寄った時のことなんだが…そこには、見てはいけないものがいた。」
「その夜は、疲れていたんだが、どうしても頭を冷やしたくて一人で車を出したんだ。夜中に車を走らせると、妙に心が落ち着くことがあってな。それで、適当に山道を走っているうちに、夜の湖にたどり着いたんだ。人がほとんど来ない静かな湖だった。」
アキラの言葉に、私たちはその情景を思い浮かべた。
「時刻は午前2時くらいだった。車を降りて、湖の近くまで歩いていった。湖面は風もなく、鏡のように静まり返っていたんだ。周りは完全に真っ暗で、湖の向こう岸の影すら見えなかった。ただ、水面だけが、うっすらと月の光を反射していた。」
リョウが少し身を乗り出した。「それで、何か見えたのか?」
アキラは少し目を細めて、低い声で答えた。
「ああ。最初は気づかなかったんだが、しばらく湖面をぼんやりと眺めているうちに、遠くに何かが見えたんだ。白いものが湖の上に立っていた。」
私の心臓がドクンと跳ねる。アキラは、冷静に続けた。
「最初は、波が反射した光の加減か何かかと思ったんだ。だけど、目を凝らしてよく見ると、それは人の形をしていた。長い髪を垂らした、白いワンピースを着た女性だった。普通なら、そんな場所に人がいるわけがない。しかも、その女は湖の上に立っていたんだ。」
「湖の上に?」リョウが驚いて声を上げた。
「ああ。湖の真ん中、足元は水の中に沈んでいない。まるで、湖の表面に立っているかのように、ただそこにいた。」
アキラの言葉に、私とリョウは背筋が寒くなった。
「普通なら驚いて声を上げるところだが、その時の俺は何も言えなかった。なぜかわからないが、動けなかったんだ。ただ、その女をじっと見つめるしかなかった。女は全く動かない。風もないのに、長い髪が微妙に揺れているように見えたが、それ以外はまるで彫像みたいに静止していた。」
「怖いな…何かしてきたのか?」リョウが小声で聞いた。
「いや、何もしない。ただ立っているだけだった。でも、それが一番不気味だったんだ。湖面に立つ人間なんて存在しないはずなのに、あの女は間違いなくそこにいた。そして、俺をじっと見つめているような気がした。」
アキラは少し間を置いて、続けた。
「本能的に『見てはいけない』って感じたんだ。背筋が凍りつくような感覚で、あの女から目を逸らしたいのに、なぜかできなかった。まるで、視線で引き寄せられているような感覚だった。」
「それでどうしたんだ?」私は思わず尋ねた。
「俺はゆっくりと後ずさりして、車に戻ろうとした。女が動く気配はなかったが、あの場に長くいちゃいけないことだけはわかったんだ。車に戻ってからも、どうしても気になってもう一度湖を見たが、女の姿は消えていた。」
リョウが息を飲んだ。「本当にいなくなったのか?」
「ああ、消えていた。まるで最初から何もなかったかのように。だが、車に戻っても、あの女の影が頭から離れなかった。何もしてこなかったし、ただ立っていただけなのに、あの異様な感覚は今でも忘れられない。」
アキラはコーヒーを一口飲み、ふぅと息を吐いた。
「結局、あれが何だったのか、今でもわからない。」
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