診察室には静かな音楽が流れていたが、目の前の患者は何かを抱え込み、不安に満ちた表情をしていた。決まった診察の質問が終わった後、彼はゆっくりと話し始めた。
「先生……僕、最近本当に怖い体験をしたんです。夢じゃなくて、現実で……でも、あまりにも不気味で、今も頭が混乱してるんです。」
私はその異常な体験が彼にどれほどの負担を与えているかを感じ取り、優しく促した。
「どんな体験だったんですか?話してみてください。」
彼はしばらく言葉を選ぶように沈黙した後、重い口調で話し始めた。
「しばらく前から、ある友人と連絡が取れなくなってたんです。その友人、連絡が取れなくなる少し前に、急に合鍵を渡してきてこう言ったんです。『もし俺と連絡が取れなくなったら、アパートに来てくれ』って。その時は『なんだそれ?』って、冗談だと思ったんですよ。変な奴だなって……」
彼はその時の様子を思い出し、少し俯いた。
「でも、それから本当に連絡が取れなくなったんです。電話もメールも無視されて。僕は不安になって、共通の友人と一緒に彼のアパートを訪ねることにしました。」
彼は深く息を吐き、さらに話を続けた。
「アパートの前に着いて、何度もインターホンを押したんですけど、全然反応がなくて……しょうがないから、渡された合鍵を使って中に入ったんです。」
「アパートの中はどうでしたか?」
「部屋の中は普通に綺麗で、特におかしい点はなかったんです。でも、彼自身の姿がない。それに、彼のスマホがテーブルに置かれていたんです。充電も少し残っていて……でも、不用心にもロックがかかってなかったんです。」
彼はその時の異様な感覚を振り払うように頭を振った。
「何か手がかりを見つけようと思って、スマホを操作してみたんです。それで、アルバムを開いてみたら……不気味な動画がいくつも残っていたんです。」
「どんな動画だったんですか?」
「古い順から再生してみると、彼が自分の姿を決まった時間に撮影してる映像でした。最初は何でもない感じだったんですが、日を追うごとに彼の様子がおかしくなっていくんです。怯えた表情で、こう言ってたんです。『俺はそのうち消える』って。」
彼の声が震え始めた。
「何度も言うんです。『消える、消える』って……最初は冗談だと思ったんですけど、次の動画では、彼がコップを触れなくなったって言ってました。目の前にあるコップを掴もうとするんですけど、手がすり抜けてしまうんです。まるで、彼が透明になり始めているみたいで……」
私はその話の不気味さに背筋が寒くなるのを感じた。
「彼の動画の中で、他に何か異変はありましたか?」
「最後の動画では……もう彼の姿がどんどん薄くなっていって、まるでフェードアウトするように消えていったんです。映像の中で、彼は泣きながら笑っていて……『俺、本当に消えるんだな』って言って……そして、ついに完全に消えてしまったんです。スマホの画面には、誰もいない部屋だけが映っていました。」
彼はその光景を思い出し、顔を両手で覆った。
「それを見た時、僕は……何か取り返しのつかないことが起きたんだって思いました。あの時、あの合鍵を渡してきたのも、自分が消えるのをわかっていたからなんじゃないかって……でも、どうしてそんなことが起きたのかも、どこに行ったのかも、全くわからないんです。」
彼の声は震えており、その恐怖が強く伝わってきた。
私はその異常な体験にどう対応すべきかを考えながら、慎重に言葉を選んだ。
「その友人が言っていた『消える』というのは、もしかすると精神的な負担や、現実で感じていた孤立を表していたのかもしれません。何か彼の中で深刻な変化が起きていたのかもしれませんね。」
彼はしばらく黙り込んでから、静かに言った。
「そうだといいんですけど……でも、あの映像はただの比喩とかじゃない気がするんです。彼は本当に、この世から消えてしまったんじゃないかって……。あの動画を見てから、僕は彼がまだどこかにいるんじゃないかって思えて、ずっとそのことが頭から離れないんです。」
診察室を後にする彼の背中を見送りながら、私はその夢のような現実が彼に与えた影響について考えていた。友人の残した不気味な動画、そして「消える」という言葉――それは、単なる心の不安から生まれた幻想なのか、それとも現実に何かが起こったのか。その答えを見つけることは容易ではないかもしれない。
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