それは、ある秋の夜に訪れた山奥の温泉旅館での出来事だった。仕事で疲れた私は、一人で小旅行を楽しもうと、その古びた旅館を予約した。ネットの口コミでは、「歴史ある落ち着いた旅館」と書かれていたが、少し不気味な写真も載っていたため、どこか嫌な予感もあった。
とはいえ、温泉が好きな私は、その旅館の雰囲気も「趣がある」と自分に言い聞かせて、部屋でゆっくり過ごすことに決めていた。
チェックインを済ませ、私は201号室という2階の部屋に案内された。古い木造の建物で、歩くたびに廊下がギシギシと軋む音がする。案内してくれた仲居さんはどこか無口で、無表情なまま部屋の鍵を渡し、軽く頭を下げると、早々に去ってしまった。
少し気味が悪かったが、部屋自体は清潔で広々としていた。温泉にもゆっくり浸かり、夕食を終えた後、私は布団に入った。時計を見ると、夜11時。静かな山の夜――と思ったが、その夜は、不思議な出来事が次々に起こった。
夜中の2時頃、ふと目が覚めた。
部屋は真っ暗で、廊下からも音一つ聞こえない。窓の外から月の光が薄っすらと差し込み、床に長い影を落としていた。
しかし、私は何か違和感を覚えた。
寝る前に鍵をかけたはずの襖が、いつの間にか少し開いているのだ。
「……気のせい、か?」
そう自分に言い聞かせ、私は布団から起き上がり、襖を閉めようとした。だが、その時――
廊下の奥から、何かの気配を感じた。
「……誰か、いる?」
私は恐る恐る廊下に出た。暗闇の中、薄ぼんやりとした電球の光が廊下を照らしているが、人の姿はない。しかし、その時ふと目を凝らすと――廊下の奥に、もう一つの部屋の扉が見えた。
「こんなところに部屋、あったか?」
チェックインの時に案内された時は、201号室が一番端の部屋だったはず。だが、今はその奥にもう一つの部屋の扉が見えている。扉には、見覚えのない「202号室」と書かれていた。
私は不安を感じつつも、好奇心に負けてその扉に近づいていった。古びた扉の表面には、長い年月の間にできた汚れがこびりついている。
「……誰か、いるのか?」
そう声をかけ、そっと襖を開けた瞬間――
中に人がいた。
そこには、畳の上に正座している白髪の女性がいた。彼女は着物姿で、ぼんやりとこちらを見ている。目は虚ろで、何かを訴えかけるような、そんな表情だった。
「すみません、間違えました……」
私は慌てて襖を閉め、足早に自分の部屋へ戻った。
心臓がドクドクと鳴り止まない。あの部屋は一体何だったのだろう?
とにかく、もう気にしないことにしよう。布団に潜り込み、私は目を閉じた。だが――
その瞬間、誰かが私の耳元で囁く声が聞こえた。
「……どうして、見つけてくれなかったの……」
私は飛び起き、辺りを見回した。しかし、部屋には誰もいない。
恐怖に駆られ、翌朝すぐにチェックアウトすることにした。フロントのスタッフに「202号室」について尋ねたが――
「申し訳ありません。そのような部屋はございません」
と言われただけだった。
結局、私はその旅館を後にしたが――あの日以来、時々、誰かの視線を感じることがある。
それは、まるであの部屋にいた女性が、今もどこかから私を見つめ、何かを訴えようとしているかのように――。
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