あの日、私は一人で下校することになった。風邪で数日間学校を休んでしまい、授業の遅れを取り戻すために、放課後の居残りをする必要があったのだ。
いつもなら友達と一緒に帰るのが当たり前だったが、その日は誰もいない校舎で一人でプリントを解き、そのまま裏門から帰ることになった。
時刻は夕方。あたりはうっすらと薄暗くなり始めていた。私はランドセルを背負い、学校から家への道を歩き出した。
いつもなら、通学路には歩いている人や通り過ぎる車が必ずいるのに、その日に限って誰の姿もなかった。人気のない通りを一人で歩いていると、急に不安な気持ちが胸を締め付けてきた。
「まぁ、少し歩けば大通りに出るし……」
私は自分に言い聞かせ、少し足早に歩き出した。
大通りに出れば、いつもは車がひっきりなしに通り、人が行き交うにぎやかな道だ。しかし、その日、大通りに出ても――そこにも誰一人いなかった。
「……なんで、誰もいないんだ?」
車も、歩いている人も、自転車も、まるで世界から消えたように何もない。薄暗くなり始めた道を、まばらに点灯し始めた街灯だけが、静かに道路を照らしていた。
私は急に怖くなり、ランドセルを背負ったまま小走りで家へ向かうことにした。
走り始めてしばらくすると――ふと、背後に人の気配を感じた。
「誰かいる?」
安心したい気持ちで振り返ると、少し離れたところに髪の長い女性が歩いているのが見えた。
「人がいた……」
最初はそう思って少しホッとしたが、次の瞬間、背中に冷たいものが走った。
よく見ると、その女性――どこか普通じゃない。
姿形は確かに人間のものだ。だが、何かが引っかかる。何がどうおかしいのか、説明できないが、本能的にヤバいと感じた。
「……やばい、あれは近づいちゃいけない」
その考えが頭に浮かび、私は再び足早に歩き出した。だが、気になってもう一度振り返ると――その女性はさっきよりも近づいてきていた。
周囲を見回したが、ほかに人の気配はどこにもない。
「嘘だろ……なんで誰もいないんだよ……」
女性は無言のまま、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。距離が縮まるにつれ、息苦しさが増していくようだった。
私はもう限界だと感じ、全力で家に向かって走り出した。ランドセルが背中で揺れるのも気にせず、ただ無我夢中で走り続けた。
息を切らしてやっとの思いで家にたどり着き、玄関の扉を開ける。
「ただいま――!」
声を上げながら玄関に飛び込むと、すぐに弟が顔を出して、元気に言った。
「お兄ちゃん、おかえり!」
その言葉を聞いた瞬間、私は全身から力が抜けた。
「……ただいま……」
安心したように息を吐きながら、弟の顔を見つめた。いつもと変わらない、何の変哲もない日常の光景だった。
母もキッチンから顔を出し、私の息が荒いことに気づいて声をかけてきた。
「どうしたの、そんなに急いで帰ってきて」
私は、あの不気味な体験をどう説明すればいいのか分からず、とっさに言った。
「運動したくて……走って帰ってきたんだ」
母は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上何も言わなかった。
家に着いた途端、まるで何事もなかったように普通の世界に戻った。
結局、あの時あの道で起こったことは、ただの偶然だったのだろう――。
きっと、ただ誰とも会わず、たまたま一人で帰ってしまっただけ。そして、あの女性も、きっとただの通りすがりの人に違いない――。
でも――
10年以上経った今でも、あの日のことを思い出すと、どうしようもない不気味さが蘇る。
あの女性がただの通りすがりだったのか、本当にただの偶然だったのか――今でも分からない。
もし、あの時もっと近くまで来られていたら――何が起こっていたのだろうか。
そう思うと、今でも背筋が冷たくなる。
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