それは、私が帰宅途中に体験した奇妙な出来事だった。いつもと同じ駅から電車を降り、見慣れた道を歩いていた。
その日、電車が少し遅れたせいで、街はすっかり暗くなっていた。通りには人も少なく、冷たい風が吹き抜けていたが、私は特に気にせず、家に向かって歩いていた。
いつもと同じ交差点。信号が青に変わるのを待って、道を渡ったはずだった。だが、信号を渡りきった瞬間――私はまったく別の場所にいた。
「……あれ?」
目の前に広がっていたのは、無機質で静かな街並み。どこを見ても灰色の建物が整然と並んでいるが、人の気配がまったくない。看板や広告もない。まるで、色と音が消えた空間の中に迷い込んでしまったようだった。
「……ここ、どこだ?」
冷たい風が吹いても、風の音さえ聞こえない。足音を立てても、まるで吸い込まれるように響かない。
私は不安に駆られ、スマホを取り出した。しかし、スマホの画面は真っ黒で、何も表示されていなかった。
「どうしよう……」
焦りながらも、私は道を進むことにした。どこかで誰かと会えれば――そう思ったからだ。
しばらく歩いていると、あることに気づいた。どの建物も扉が開かないのだ。まるでこの街全体が、ただの模型のように思えた。
そして――
私はふと、ある路地の先に一人の人影を見つけた。
「……人がいる!」
私は急いでその人影に向かって駆け出した。だが、近づくにつれ、その人物が何かおかしいことに気づいた。
その人影は――まるで人間の形をしたマネキンのように、無表情で固まっているのだ。目も鼻も口もあるが、顔には一切の感情がない。ただ、こちらをじっと見つめている。
「……何だ、これ……」
恐怖を感じ、振り返ると――いつの間にか、周囲に同じような無表情のマネキンたちが集まってきていた。みんな微動だにせず、こちらを見ている。
「ここから出なきゃ……!」
私は再び走り出した。しかし、どこまで走っても風景は変わらず、街全体が無限に広がっているようだった。建物も道もすべて同じ形、同じ色。まるで、どこへ行っても同じ場所に戻ってくるような感覚だった。
その時――
突然、背後から無機質な声が聞こえた。
「どちらへ行こうとしていますか?」
私は恐る恐る振り返った。すると――さっき見たマネキンが、今度は笑顔を浮かべてこちらを見ていた。だが、その笑顔はまるで誰かが貼り付けたような、感情のない無機質な笑顔だった。
「こちらへお進みください」
その言葉と共に、周囲のマネキンたちも、一斉に同じ笑顔を浮かべた。
私は恐怖で足が震えたが、無我夢中でその場から逃げ出した。背後からはマネキンたちの無機質な足音がついてくるのが分かった。
「助けて……!」
走り続けると、視界の先に最初の交差点が見えてきた。
「戻れる……!」
必死でその交差点まで走り、信号が青に変わった瞬間――私はそのまま駆け抜けた。
次の瞬間、私は元の街に戻っていた。
振り返ると、そこにはいつも通りの通り道があり、マネキンも、無表情の人々もどこにもいなかった。
「……なんだったんだ、あれ……?」
今でも、その街が現実だったのか、夢だったのか分からない。だが、時々ふと思い出す。あの無表情のマネキンたちと、その無機質な笑顔を。
もしかしたら――あの街に本当に迷い込んでしまったのではないか。
そして、もし私が戻ってこなかったら――今頃、私はあの無表情な笑顔の一つになっていたのかもしれない。
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