目次
異世界への迷い込み
カズキは、いつものように仕事から帰宅する途中だった。薄暗くなった街灯の下を歩いていた時、突然、めまいに襲われた。視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間――見知らぬ街の真ん中に立っていた。
いや、その街は自分が住んでいる街だった。
だが、その街はどこか奇妙だった。建物の形や道路の配置、街並みの雰囲気は見慣れた自分の住んでいる街とまったく同じなのに、すべてのものが金属でできていたのだ。
壁も道路も、信号機も、何から何まで冷たく光沢のある金属の表面をしている。驚いたカズキは、周囲を見回しながらゆっくりと歩き始めた。
――街路樹の葉までも、金属でできている。
銀色の枝が風に揺れ、カラカラと乾いた音を立てている。
金属でできた「人々」
不思議な感覚に包まれながら進むと、カズキはやがて「人」と思しき存在に出会った。その姿は人間と全く変わらない――ただし、肌や髪、服まですべてが金属でできている。光沢のある銀色や鉄色の体を持つ彼らは、何の違和感もなく街中で談笑し、穏やかに日常を過ごしていた。
カズキが立ち尽くしていると、一人の「金属の女性」が近づいてきた。
「こんにちは、迷子ですか?」
その声は、まるで人間のように温かいものだった。金属の目が柔らかく微笑んでいるように見える。
「え、ええと……ここはどこですか?」
「ここはあなたの住んでいる場所の“別の形”です。迷い込んだんですね。でも安心してください。皆、あなたに危害を加えたりしませんよ。」
その言葉にカズキは少しだけ安心したが、同時に、この世界の奇妙さに恐怖も感じていた。
金属でできた生き物
街を歩き回るうちに、カズキはさらに驚かされることになる。鳥も、猫も、虫までもすべてが金属でできていた。カラスが機械の翼をカタカタ鳴らしながら飛び、路地裏では、金属の猫が乾いた音を立てて走り回っている。
それでも、この世界の住民たちは皆、優しい。誰もカズキを追い払おうとせず、むしろ助けようと親切に接してくれる。まるでここが彼の新しい「家」になるかのような錯覚を覚えるほどだった。
「この世界は安全です。怖いことなんて何もありません。」
「焦らなくてもいいですよ。いつか、自分の道が見つかりますから。」
住民たちの声に、カズキは少しずつ落ち着いていった。しかし、ここから元の世界に戻りたいという気持ちが消えなかった。
家を見つける
歩き続けるうちに、カズキは自分の家と同じ形をした建物を見つけた。もちろん、それも金属でできている。壁も扉も、玄関マットまでも、すべてが無機質で冷たい輝きを放っていた。
「……ここは、俺の家?」
恐る恐るドアノブに手をかけると、金属の感触が指先に伝わる。何かに引き寄せられるように、カズキはその扉を開いた。
――すると、玄関の奥には見慣れた自分の家が広がっていた。家具も、インテリアも、何もかもが金属でできた不思議な家。
「ここに帰ればいいのか……」
そう呟いて一歩を踏み出した瞬間、急に足元が揺れるようなめまいに襲われた。
帰還?
気が付くと、カズキは元の世界の玄関に立っていた。金属の家ではなく、見慣れた普通の自分の家が目の前に広がっている。壁も床も、すべて元通りだ。
「戻ってきたのか……?」
ホッと胸をなでおろしながら玄関を閉め、靴を脱ごうとしたその時、違和感が彼を襲った。
――足元から、カラカラという金属音がしたのだ。
不思議に思って靴を見下ろすと、そこには金属の靴紐が光っていた。驚いて辺りを見回すが、部屋のどこにも異変はない。ただ、自分が立っている場所だけがほんの少し冷たく、硬い感触を持っている。
カズキは、ふと手に触れた玄関のドアノブを見つめた。指先に残る、無機質な冷たさ。
「……本当に、戻ってきたのか?」
心の奥底に、不気味な疑念が湧き上がる。ここは本当に元の世界なのか、それとも――
その疑問の答えは、誰にもわからないままだった。
不思議な異世界体験から戻ったカズキだが、本当に戻ってきたのかどうか、その確信は二度と得られなかった。彼は今でも時々、玄関のドアを開けるたびに、微かに感じる金属の冷たさに震えるのだった。
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