目次
古い旅館
サトルは仕事の出張で、山奥にある古い旅館に泊まることになった。時代を感じる木造の建物に、風情はあるものの、どこか薄暗く湿っぽい空気が漂っている。案内された部屋は広く静かだったが、なぜかサトルは落ち着かない気配を感じた。
「……まあ、一晩だけだから」
自分にそう言い聞かせながら、温泉で疲れを癒し、布団に入った。しかし、なぜか眠気は訪れず、畳の上に寝転んで天井を見つめていると――。
――ギィ……
どこかから、床板がきしむ音が聞こえた。
金縛りの訪れ
ようやくうとうとし始めたその瞬間、突然サトルは全身を押さえつけられたような感覚に襲われた。
――体が動かない。
金縛りだ。目だけがかろうじて開き、天井をぼんやりと見つめたまま、どうにか状況を理解しようとする。しかし、ただ体が動かないだけではなく、何かが彼の胸の上に乗っているようだった。
――重い。まるで、人の体重のような重さ。
「……誰か、いるのか?」
声も出ないまま、サトルは冷たい汗を流し、ただその重圧に耐えていた。
不気味な気配
その時――畳の上を歩く音が聞こえた。
――トン、トン……
旅館特有の、畳の上を素足で歩くかのような音。それは部屋のどこからか聞こえ、徐々にサトルの方へ近づいてくる。
「誰かいる……?」
心の中でそう叫ぶが、返事はない。目だけを動かして部屋の中を見回そうとするが、布団の上からは何も見えない。ただ、その足音が彼の周囲をゆっくりと回るのが分かる。
――トン、トン、トン……
足音は彼のすぐそばで止まった。サトルはその存在が自分の上にある何かと関係していることを直感で理解した。
そして――突然、さらに強い力で胸が押さえつけられた。
「……ぐっ……!」
息が詰まり、心臓がバクバクと鼓動を打つ。まるで見えない何かが、サトルを完全に押し潰そうとしているかのようだった。
誰かの囁き声
足音が消え、部屋は一瞬静寂に包まれた。だが、その代わり――今度は耳元で囁き声が聞こえた。
「……ここにいる……出られない……ここに……」
その声は、はっきりとした意味を持ちながらも、不自然に途切れ途切れだった。男か女かもわからない、かすれた声が耳元で繰り返し囁く。
「……ここにいる……逃げられない……」
金縛りにあいながら、サトルは必死に心の中で叫ぶ。
「助けてくれ……! 誰か……助けて……!」
しかし、その声に応える者はいない。ただ、重圧と囁きが続く中、サトルは意識が遠のいていくような感覚に襲われた。
解放と不安
突然、全てが終わったかのように、金縛りがふっと解けた。
「ハァッ……ハァッ……」
サトルは急いで布団から飛び起き、周囲を見回す。部屋には誰もいない。足音も囁き声も消えている。
ただ、空気にはまだ重い冷気が残っていた。心臓が早鐘を打ち、彼は震える手で額の汗を拭った。
――あれは夢だったのか? それとも、現実の何かだったのか?
彼は急いで荷物をまとめ、夜明けを待たずに旅館を出ることにした。
後日譚
後日、サトルは何気なくその旅館について調べてみた。すると、ある噂を耳にすることになる。
「その旅館では、かつて宿泊客が原因不明の圧迫感を訴えた事件が何度もあったらしい。まるで誰かが胸の上に乗っているような感覚だと――」
そして、その金縛りにあった者の多くは、畳の上を歩く足音や囁き声を聞いたというのだ。
その話を聞いた瞬間、サトルの体は再びあの時の感覚を思い出し、凍りついた。
――旅館での出来事は、やはり夢ではなかったのだ。
彼はそれ以来、二度とその旅館には近づかないようにしている。
しかし、時々思うのだ。あの夜、解けた金縛りは、本当に終わったのだろうか――。
もしかしたら、あの「何か」は今でも、サトルのすぐそばで彼が眠りにつくのを待っているのかもしれない……。
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