僕が小学生だった頃、クラスで「異世界へ行く方法」という噂が流行った。誰が言い出したのか分からない。ただ、それが単なる冗談や怖い話の一環としてではなく、まるで本当に行けるものとして語られていたのが不気味だった。
ある日、クラスメイトのタカシが放課後、こう言った。
「俺、今日試してみるわ。帰ったらすぐにやってみる!」
冗談かと思ったけど、タカシは真剣な顔をしていた。僕らも「やめとけよ」なんて言いつつ、内心は「本当にできるのかな」と半信半疑だった。
次の日、朝のホームルームが始まると、先生の顔はいつになく深刻だった。
「皆さん、昨日からタカシ君が行方不明になっています。もし何か知っている人がいたら教えてください」
教室は静まり返り、空気が一瞬凍りついた。誰も何も言わなかったけど、全員が同じことを考えていた。「タカシは異世界に行ったのではないか」と。
その沈黙を破ったのは、僕の親友のケンジだった。
「タカシは絶対に異世界に行ったんだ。だったら、俺が助けに行く」
ケンジの言葉に、僕は慌てた。
「やめろよ、ケンジ。そんな噂話、本気にするなって!」
「タカシが帰ってこないままなんて嫌だ。だから俺、行くよ」
どんなに止めても、ケンジは笑いながら「大丈夫だって」と言って、僕の言うことを聞かなかった。
そして、次の日――。
「ケンジ君も行方不明になりました」
先生のその一言が、クラスを絶望で包んだ。タカシに続いて、ケンジまで。大人たちは「人さらいの事件ではないか」「二人でどこかに逃げたんじゃないか」といろいろな憶測をしていたけれど、僕たちには分かっていた。
二人は異世界に行ってしまったのだ。そして、もう戻ってこないのだろうと――。
僕はずっとケンジを止められなかったことを後悔していた。噂なんかに興味を持たず、普通に毎日を過ごしていれば、ケンジはまだ僕の隣にいたかもしれないのに。
大人になっての再会
あれから十数年が経った。僕はもう社会人となり、外回りの仕事の途中で遅めの昼食をとるために、ファーストフード店に入った。
カウンター席に腰を下ろし、ハンバーガーを食べながらふと隣の席に目を向けると、サラリーマン風の男性が一人、黙々と食事をしていた。その横顔に、僕は思わず息をのんだ。
――ケンジにそっくりだ。
いや、似ているどころか、あの頃のケンジそのままに見えた。でも、ありえない。ケンジはあの日、行方不明になったまま帰ってこなかったのだ。
「……声をかけるべきか?」
ハンバーガーをかじりながら、ずっと悩んでいた。けれど、僕の視線に気づいたのか、隣の男性がちらちらとこちらを見てくる。その目はまるで、僕を知っているような、懐かしさを感じさせるものだった。
僕は意を決して、声をかけた。
「……ケンジ、か?」
すると、その男性は少し驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。
「おお、久しぶりだな」
まるで、昨日会ったばかりのような口ぶりで、ケンジはそう言った。
僕は信じられない思いでケンジと再会の挨拶を交わし、思い出話に花を咲かせた。小学校の頃のこと、タカシと一緒に遊んだこと――ケンジの記憶はあの頃のままで、話せば話すほど、目の前の彼が本物のケンジであることを確信した。
そして、思い切って一番聞きたかったことを聞いた。
「あのさ……ケンジ。お前、本当にあのとき異世界に行ったのか?」
ケンジは少し間を置いた後、静かにうなずいた。
「うん。俺、あれからずっと異世界で暮らしてたんだ」
僕は絶句した。
ケンジの話は信じられないものだったが、彼は至って真剣だった。異世界に住み、その世界の調査員として働いているという。こちらの世界の状況を探るため、こうして時々こちらの世界に戻ってくるのだそうだ。
「お前、ずっと異世界に?」
「そう。でも、こっちはこっちで面白いよ。タカシとも向こうで会えたし、元気にやってるよ」
ケンジは懐かしそうに笑った。それが自然すぎて、僕はもう何も言えなかった。ただ、彼の言葉を信じるしかなかった。
「じゃあ……お前、また向こうに戻るのか?」
「ああ。もうすぐ戻らないといけない時間だ。報告書とか書かなきゃいけなくてさ」
ケンジは時計を見て立ち上がった。
「また会えるかな?」と僕が聞くと、彼は少しだけ考えてから、優しい笑顔でこう言った。
「どうだろう。でも、会えたらそのときはまた話そうな」
そう言って、彼はカウンターを離れ、店の出口に向かって歩いていった。
僕は、その背中をぼんやりと見送っていた。あの頃のままのケンジが、異世界で生きているなんて――そんな話、普通なら信じられないだろう。でも、彼の笑顔を見たとき、僕は不思議な安心感に包まれた。
「ケンジ、ちゃんと生きてたんだな……」
僕はそうつぶやいて、ハンバーガーの残りを一口で頬張った。
もしかすると、彼にはもう二度と会えないかもしれない。それでも――今、この瞬間、あの親友が元気に生きていることが分かっただけで、十分だった。
そして、僕はふと思った。
異世界へ行く方法は本当にあったのだ、と。
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