仕事帰り、私はいつものように電車に乗り込みました。電車での一日の締めくくりは疲れるものの、揺られながらうたた寝するのは心地よいひとときでもあります。その日も、私は座席に腰を下ろすと、すぐに眠りに落ちてしまいました。
どれくらい眠っていたのか分かりません。ふと目が覚めると、車内はがらんとしていて、誰一人乗客がいませんでした。
「え? 乗り過ごしたのかな……?」
私は慌てて立ち上がり、ドア越しにホームを見ましたが、そこは見たこともない駅でした。夜遅くなれば静かな駅は珍しくありませんが、それにしても様子がおかしい。案内板の駅名はミミズが這いつくばったような、解読不能な文字で書かれており、まったく読めません。
「どこだ、ここ……」
一瞬背筋が寒くなりましたが、とにかくホームに降りて、状況を確かめようとしました。駅の外へ向かおうと見上げると、空は薄暗く、しかし不思議なことに、夜空に虹色の雲が浮かんでいます。美しいというより、どこか不安を掻き立てるような異様な景色でした。
改札へ向かうと、ようやく駅員のような人を見つけました。私は駆け寄り、思わず声をかけます。
「あの、すみません。この駅はどこですか?」
しかし、駅員は私を見つめながら、聞き取れない言葉を何か早口で話してきました。私が何度も質問しようとしても、まったく通じない様子です。
「えっと……困ったな……」
駅員は私の困惑を理解したのか、手で「ついてこい」とジェスチャーをし、私を駅構内の一室に案内しました。古びたドアを開けると、小さな待合室のような部屋があり、私はその場に座らされました。
しばらくすると、今度は警察官のような制服を着た人物が部屋に入ってきました。その人物は優しげな表情で私に話しかけますが、やはり言葉は全く分かりません。私は焦って、簡単な日本語や英語で話してみましたが、警察官も首をかしげるばかりです。
「もう、どうすれば……」
すると、警察官は、タブレットのような機械を取り出しました。画面には、見たこともない文字が並ぶボタンがたくさん表示されています。どれを押せばいいのか検討もつかない中、ひとつだけ「こんにちは」と書かれたボタンが目に入りました。
私はそのボタンを指差し、「これだ」とジェスチャーで伝えました。警察官はその指示にうなずき、ボタンを押します。
すると――
「こんにちは」
タブレットから音声が流れました。
私はとっさに、「こんにちは」と返します。
すると、警察官は「なるほど、それか」と言わんばかりの笑顔を浮かべ、何度もうなずきました。それが合図だったのか、警察官は私を再びホームへ連れ出し、指差しながら一言も発せずにある電車を示しました。
その電車は、私が見たこともない色と形をしていました。車両はまるでガラスのように透き通り、虹色に光る装飾が施されていました。戸惑いながらも、警察官が促すまま、私は恐る恐るその電車に乗り込みました。
電車の中も外と同じように奇妙な雰囲気に包まれていましたが、不思議と怖さは感じませんでした。ドアが閉まると、ホームに立つ警察官が優しく手を振ります。私はそれに応えるように軽く手を振りました。
電車はゆっくりと動き始めました。その瞬間――
突然、猛烈な眠気が襲ってきて眠ってしまいました。
目が覚めると、私は元々乗っていた電車の中に戻っていました。車内には人がまばらに座り、車窓から見える景色も見慣れたものです。
「夢だったのか……?」
そんなことを考えながら、目の前の路線図を確認すると、自分の乗った駅から4つ先の駅を通り過ぎたところでした。
「もうすぐ最寄り駅だ……」
ほっと胸をなでおろし、私は深く息をつきました。何が起きたのかよく分からないまま、ただ疲労感だけが残っていました。奇妙な夢だったのか、それとも本当に異世界の駅に迷い込んでいたのか――今となっては確かめようがありません。
ただひとつ言えるのは、あの駅での体験はあまりにも鮮明で、夢とは思えないほどリアルだったということ。そして、あの笑顔の警察官がいなければ、私は今頃どうなっていたのか……。考えるたびに背筋が少しだけ寒くなるのです。
電車が最寄り駅に近づくアナウンスが流れ、私は気持ちを切り替えました。
「もう家に帰ろう」
電車が駅に滑り込み、私はいつもの日常に戻っていきました。
ただ――あの「こんにちは」の声が、頭の片隅にいつまでも残って離れませんでした。
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