私は釣りが趣味で、週末になるとよく夜釣りに出かけます。仕事終わりの金曜日は特に最高です。都会の喧騒から離れ、静かな海の夜風を浴びながら釣り竿を握ると、仕事の疲れが吹き飛んでいくように感じます。その日も、仕事が終わるとそのまま家には帰らず、車に釣り道具を積んでお気に入りの釣り場へと向かいました。
目的地は海沿いの岬の先端。普段は釣り人も少なく、静かに釣りを楽しめる場所です。日中は暑かったものの、夜になると風が涼しく心地よい。海面は月明かりに照らされて、まるで銀色のカーテンのように輝いていました。私はウキをセットし、餌をつけて糸を垂らしました。
海は穏やかで、良い魚が期待できそうな夜でした。しかし、最初のアタリは少しおかしなものでした。ウキが不規則に揺れ、何かが引っかかったような手応えがありました。「根がかりかな?」と思いながら慎重にリールを巻くと、引きは重く、一瞬大物かと胸が躍ります。しかし、針にかかっていたのは魚ではありませんでした。
海面からゆっくりと姿を現したのは――古びた人形でした。人間の頭ほどの大きさで、全体が海藻にまみれていました。ボロボロの布切れが巻かれたその姿は、海水に浸かりすぎて不気味なほど変色し、目が潰れているのか、かすかにくぼんでいます。
「誰かのいたずらか、流れ着いたゴミかな…」と思いつつ、なんだか嫌な気配を感じましたが、特に気にせずその人形を捨て、釣りを続けることにしました。
しかし、それから妙なことが次々に起こり始めたのです。
最初は、まるで誰かが背後に立っているような気配を感じました。振り向いても誰もいません。海風が吹くたび、後ろの茂みがざわざわと揺れる音がしましたが、それが風のせいなのか、何かが潜んでいるのか区別がつきません。
次に、海面に異変が起こりました。穏やかだった波が突然ざわつき始め、海面にぽつぽつと不規則な波紋が広がりだしたのです。まるで何かが海の中をうごめいているようでした。釣り糸を巻き上げようとすると、なぜかリールが絡まり、糸が切れそうになります。不安にかられながらも何とか仕掛けを回収し、釣りを再開しようとしましたが、その瞬間――
「ザブン…ザブン…」と、大きな何かが海面を叩くような音が響きました。私は慌ててライトで照らしましたが、そこには何もいません。ただ、さっきよりも不自然に波が荒れていました。それでも釣りを続けようとしましたが、妙に冷たい風が吹き抜け、全身に鳥肌が立ちます。何か、この場所にいてはいけない気がしました。
不安が募り、「もう帰ろう」と判断しました。釣れた魚をクーラーボックスに入れ、道具を片付けて車に戻ろうとすると、また背後から気配を感じました。振り返ると、暗闇の中で海面に浮かんだような人影が、じっとこちらを見ているような気がしたのです。
「気のせいだ…気のせいだ…」と自分に言い聞かせながら車まで走りました。車に乗り込むと、すぐにエンジンをかけ、何も見なかったことにしてその場を去りました。
自宅に着いたのは深夜でした。家についてからは何も変わったことは起きませんでした。疲れていたものの、あの夜釣りの光景が頭から離れず、しばらく眠れませんでした。
あのとき釣り上げた古びた人形は、ただのゴミだったのか。それとも、何か良くないものだったのか――考えれば考えるほど答えが出ず、冷たい汗がにじんできました。翌朝、家族や友人に話そうかと思いましたが、あの不気味な出来事を口に出すのが怖く、結局誰にも話せずじまいです。
時折、釣り道具を見るとあの岬のことを思い出し、背筋が寒くなります。あの夜――釣り上げてはいけないものを、私は間違えて引き上げてしまったのかもしれません。
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