怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

クローゼットの向こう側 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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僕の家には昔から妙な場所があった。それは寝室のクローゼットだ。

この家は、僕が物心つく前から住んでいる古い一軒家で、特に怪奇現象があったわけではない。けれど、僕は小さな頃から、クローゼットを開けるのがなんとなく嫌だった。理由は分からない。ただ、扉を開けた瞬間、違和感というか、何か見てはいけないものが覗いてくるような感覚があった。

そんなこともあって、僕は成長するにつれて、クローゼットの存在を意識しないようにしていた。着替えや荷物を出し入れする以外、できるだけ近づかないようにしていた。けれど――その「違和感」の正体に気づいたのは、ある晩のことだった。

クローゼットの奥の景色

その日はやたらと眠れなかった。夜中の2時を回っても、頭が冴えていて、布団の中でゴロゴロするばかりだった。

ふと、部屋の隅に目をやると――クローゼットの扉がわずかに開いているのに気づいた。

「……閉めたはずなのに?」

そう思いながらも、嫌な予感がして、寝ぼけた頭でそっとクローゼットのほうへ近づいていった。扉の隙間から、何か淡い光が漏れているのが見える。

「こんなところに光るものなんて入れてないはずだ……」

不安と好奇心が入り混じったまま、僕はクローゼットの扉をゆっくりと開けた。そして――目の前に広がった光景に、息を呑んだ。

そこには、まるで別世界のような風景が広がっていた。

クローゼットの奥は、ただの壁ではなく、どこまでも続く草原と海が広がっていたのだ。空は深い青紫に染まり、地平線には二つの月が浮かんでいた。風が吹き抜ける音や、遠くで鳴く見知らぬ生き物の声が微かに聞こえた。

その世界は、どこか幻想的で、しかし不思議とリアルだった。まるで、そこに本当に命が宿っているような、生々しい気配を漂わせていた。

僕は思わず、その風景に手を伸ばした。すると、指先が触れた瞬間――。

スッ――。

何か透明な膜のようなものが僕の手を遮った。まるでガラス越しに世界を見ているかのような感触だった。それ以上先に進むことはできなかったが、向こうの世界の空気は、クローゼットを通して微かに感じ取ることができた。

彼方の船

僕はその幻想的な風景に魅了され、しばらくじっと見つめていた。すると、遠くの地平線から、何かがゆっくりと近づいてくるのが見えた。

それは、帆船のような形をした奇妙な船だった。帆は風に揺れるのではなく、光でできているかのように淡く輝いている。その船は、空を漂うようにゆっくりと進み、僕の目の前まで来た。

船の上には、白い服を着た何人かの人影が見えた。人間のようにも見えるが、どこか人間離れした雰囲気がある。彼らは僕には気づかず、ただ穏やかな表情で、何かを探しているようだった。

その瞬間――僕の心に、言葉では説明できない不思議な感情が湧き上がった。

「この世界に行きたい」という強い衝動だった。

まるで、僕がこの世界に迷い込むことが運命だったかのような感覚に囚われたのだ。

消えゆく世界

しかし、その景色は長くは続かなかった。5分ほど経った頃、船がゆっくりと地平線の向こうに消えていくと同時に、風景もだんだんと薄れていった。

クローゼットの中は、次第に暗くなり、やがてそこには――ただの古い木の壁が戻ってきた。

僕はその場に座り込み、しばらく呆然としていた。夢を見たのだろうか――いや、あの光景はあまりにもリアルだった。

いつまた現れるのか

それ以来、僕は夜中に目が覚めるたび、クローゼットの扉を確認するようになった。あの世界は何度も現れるわけではない。1週間に1度のこともあれば、数ヶ月経っても何も起きないときもあった。

それでも、僕はその世界をひそかな楽しみにしていた。誰にも言わず、一人でこっそりとクローゼットの奥に広がる異世界を覗き見する時間が、僕の特別な時間だったのだ。

クローゼットが閉ざされる

しかし、やがてその風景は消えてしまった。高校生になる頃には、もう二度とクローゼットの奥にあの世界は現れなくなった。大人になり、僕は実家を出て新しい生活を始めたが、あの不思議な体験は今でも心のどこかに残っている。

もしもう一度、あのクローゼットを開けたら――。

あの世界がまた僕を待っているのではないか。そんな期待を抱きながら、僕は今でも、たまに実家のことを思い出す。

その世界は、まだそこに

実家に戻ったとき、僕は一度だけ、あのクローゼットを開けてみた。しかし、そこに広がっていたのは、ただの古い洋服と、ほこりまみれの思い出だけだった。

あの異世界は、本当にあったのだろうか? それとも、ただの幻想だったのか――。

いまでも、僕はときどき夢に見る。夜の静かな草原と、二つの月。

そしてそのとき、僕は確信する。あの世界は、まだどこかで僕を待っているのだ、と。

もしかしたら、クローゼットではなく、別の扉を開けたとき――またその世界に出会えるのかもしれない。

その日が来るのを、僕は静かに待っている。



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