その夜、僕は突然目を覚ました。何かに叩き起こされたわけでもないのに、全身に嫌な予感がまとわりついていた。寒くもないのに手足が冷たく、心臓が早鐘のように打ち続ける。
部屋の電気は消えていて、カーテン越しの月明かりがわずかに差し込んでいるだけ。静まり返った寝室で、僕はただ布団の中で身を縮めながら、その恐ろしい感覚の原因を探した。
――クローゼットだ。
寝室の一角にあるクローゼットから、何か得体の知れない恐怖が漂っているのが分かった。
僕は布団の中で、しばらく動けずにいた。クローゼットなんてただの収納だ。中には洋服やバッグが詰まっているはずだ。それなのに――今夜は、まるでそこに何か異質なものが潜んでいるように感じられる。
「開けるべきじゃない……」
そう頭の中で何度も言い聞かせたが、不思議と体は逆に動いてしまった。恐怖で手が震えながらも、僕はゆっくりと布団を抜け出し、クローゼットの前に立った。
扉に手をかけた瞬間、体中の毛が逆立つような寒気が走る。それでも、僕はその扉を開けてしまった。
扉の向こうにあったのは――薄暗く気味の悪い森だった。
そこには洋服やバッグはなく、クローゼットの中は別の場所に繋がっていた。木々は不自然にうねり、湿った土の匂いが鼻を突く。森全体が薄青い光に包まれていて、まるで時間が止まったかのような不気味な静けさが漂っていた。
「……なんだこれ……」
信じられない光景を目にして、僕はただ呆然と立ち尽くしていた。クローゼットの中に異世界のような森が広がっているなんて――そんなことが現実にあり得るだろうか?
しかし、立ち尽くしている僕の視界に、森の奥から何かが見えた。
遠くの森の闇の中、人影がぽつんと立っていた。
それは背の高い人型だったが、細かい特徴は影に飲まれて見えない。ただ、そのシルエットが徐々にこちらに近づいてくるのが分かった。
「……誰?」
声に出して問いかけたが、返事はない。人影は無言のまま、ゆっくりとした足取りで近づいてくる――かと思った瞬間、ものすごい勢いでこちらに向かって走り出した。
「……っ!」
その異常な動きに、僕は背筋が凍りついた。考える間もなく、僕は全力でクローゼットの扉を閉めようとしたが、間に合わない。
人影はあっという間にこちらへと迫り、扉の隙間から飛び込んでくるかのように走ってくる。
もう目の前まで来ていた。逃げられない。
僕は目をぎゅっと閉じ、体を縮こませた。ぶつかる――と思った瞬間、全身が凍りついたように感じた。だが――いつまでたっても、何も起こらない。
「……え?」
恐る恐る目を開けると――。
そこには、まだあの薄暗い森が広がっていた。人影はどこにもいない。風がなく、木々が静かに佇むだけの不気味な森の風景。
僕は何が起きたのか理解できず、ただ呆然とその世界を見つめていた。
「……消えた?」
僕の目の前に迫っていたはずの人影は、どこにもいなかった。
そして、次の瞬間――。
森の風景が薄れていき、僕の目の前には再びいつものクローゼットの中が戻ってきた。洋服と荷物が詰まった、ただの収納スペースだ。
あれは何だったのか
僕はその場に座り込んで、しばらく震えながら呼吸を整えた。
「今の……夢だったのか?」
だが、押し入れから漂っていた湿った土の匂いは、まだ鼻の奥に残っている。それが夢ではなく、現実だったことを物語っていた。
あの森の人影――あれは一体なんだったのか。僕に襲いかかろうとしていたのは誰だったのか。
何もわからないまま、ただひとつ言えるのは――。
あの森の恐ろしさは、もう二度と味わいたくないということだ。
あれ以来、僕はクローゼットを開けるのが怖くなった。今でも、あの夜のことを思い出すたび、あの異世界の森がまた現れるのではないかという不安が心を締めつける。
あの人影が、まだこちらを見つけようとしているのではないか――。
そんな考えを頭から追い出すことができないのだ。
■おすすめ
マンガ無料立ち読み
1冊115円のDMMコミックレンタル!
人気の漫画が32000冊以上読み放題【スキマ】
ロリポップ!
ムームーサーバー
新作続々追加!オーディオブック聴くなら - audiobook.jp
新品価格 |
ページをめくってゾッとする 1分で読める怖い話 [ 池田書店編集部 ] 価格:1078円 |