怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

事故物件 怖い話 奇妙な話 不思議な話 短編集

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引っ越しを考えていた僕は、ネットで見つけた格安の物件に心を惹かれた。家賃が相場よりもかなり安く、駅からのアクセスも良い。部屋の写真も綺麗で、まさに理想的な物件だった。

ただ一つだけ気になることがあった。物件情報の隅に、小さく「心理的瑕疵(しんりてきかし)あり」と書かれていたのだ。つまり、それは事故物件だということだ。

「まぁ、気にしなければいいか」

僕はそれほど気にしない性格だったし、何よりもこの条件でこの安さは他にはない。引っ越しを決意し、契約を済ませた。

引っ越し当日、初めて部屋の中に入ったとき、特に異変は感じなかった。間取りも広く、家具を配置していくうちに、「ここなら快適に暮らせそうだ」と思えてきた。

ただ、一つだけ違和感があったのは、寝室の押し入れ。どういうわけか、その押し入れの前に立つと、ひんやりと冷たい空気が漂っているように感じた。

「まぁ、古い建物だし、隙間風かな」

僕はそう自分に言い聞かせ、気にしないことにした。

それから数日、何の問題もなく生活をしていた。新しい生活にも慣れ、特に変わったこともない――そう思っていたのだが、ある夜から異変が始まった。

その夜、僕はふと夜中に目が覚めた。部屋の中は真っ暗で、時計を見ると午前2時ちょうど。なぜ目が覚めたのかは分からないが、喉が渇いていたので、台所に水を飲みに行こうとした。

そのとき――。

ギィ……

寝室の押し入れが、ゆっくり開く音がした。

「え?」

誰も触っていないのに、勝手に押し入れが開くなんておかしい。部屋は閉め切っているし、風が入るはずもない。僕は恐る恐る振り返り、寝室のほうを見た。

押し入れの扉が、10センチほど開いていた。

背中に嫌な汗が流れた。何もいるわけがない――そう思いたかったが、なぜか押し入れの中から視線を感じる。まるで、誰かがこちらを覗いているような感覚がしたのだ。

「気のせいだ……ただの気のせいだ……」

そう自分に言い聞かせながら、僕は押し入れに近づき、震える手でそっと扉を閉めた。

だが、その瞬間、耳元で――誰かの囁き声が聞こえた。

「……開けて……」

その夜は、布団に潜り込み、ただ震えながら朝を迎えた。

それから、部屋の異変は日を追うごとにひどくなっていった。夜中になると、押し入れが勝手に開くのだ。初めは少し開くだけだったのが、次第に扉が完全に開いた状態で朝を迎えることが増えた。

そしてある晩、僕は恐ろしい夢を見た。

夢の中で、僕は自分の寝室に立っていた。暗闇の中、押し入れがゆっくりと開き、中から何かが這い出してくるのが見えた。それは、ぼさぼさの髪の女性で、四つん這いになりながらこちらに近づいてくる。

彼女の顔が近づいてくるたびに、何か冷たい液体が頬に垂れる。よく見ると、それは彼女の目から流れ落ちた涙のようなものだった。

そして――彼女は、僕の耳元で囁いた。

「……一緒に来て……」

その瞬間、僕は飛び起きた。心臓がバクバクと鳴り、全身が冷たい汗で濡れていた。部屋の中は暗く静かで、夢だったのだと必死に自分に言い聞かせた。

しかし――。

押し入れの扉は開いていた。完全に開かれたその中には、真っ黒な闇が広がっていた。まるで、何かを受け入れるために待っているような、不気味な空間だった。

翌日、僕は管理会社に連絡し、すぐに引っ越すことを決意した。管理会社に「事故物件って何があったんですか?」と聞いてみたが、担当者は曖昧な返事をするだけだった。

「まぁ……あまり気にしないほうがいいですよ。何かご迷惑をおかけしましたか?」

僕はそれ以上、聞く気にはなれなかった。

数日後、僕は荷物をまとめて部屋を出た。最後にもう一度、押し入れの前に立ったとき――ふと気配を感じた。

僕はゆっくりと押し入れの中を覗き込んだ。そして――。

中には何もなかった。ただ、押し入れの奥の壁に、小さな文字でこう刻まれていた。

「また来るよ」

僕はその場から一目散に逃げ出した。それ以来、二度とあの物件には近づいていない。

今でも、深夜になると夢の中で彼女が現れることがある。

そして、あの時と同じように囁くのだ。

「……一緒に来て……」



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