社会人になって初めての一人暮らし。家賃が安く、立地も申し分ないその物件に決めたとき、僕はまだ「事故物件」という言葉の本当の意味を知らなかった。
不動産屋は契約時に一応説明してくれた。「心理的瑕疵(しんりてきかし)あり」というやつだ。以前、この部屋で住人が亡くなったという話だったが、僕は特に気にしなかった。「過去のことだし、自分には関係ない」と思っていた。
しかし――その考えが甘かったことに気づくのは、引っ越してすぐのことだった。
目次
引っ越し初日の違和感
引っ越し当日はスムーズに進み、家具も無事に設置を終えた。部屋は広く、日当たりも良い。多少古さを感じたものの、むしろ味があって気に入った。
「これからここで新生活か……」
しかし、初めてその部屋で寝た夜、僕は奇妙な違和感を覚えた。部屋に誰かの気配がするのだ。
夜中にふと目が覚めると、玄関から廊下を通り抜け、寝室のほうへと誰かが歩いているような感覚があった。もちろん、実際には何も見えない。ただ、音も気配もないのに、明らかに何かがそこにいると感じた。
「疲れてるだけだ……」
自分にそう言い聞かせ、再び目を閉じた。
家の中で「何か」が動く
次の日から、日常生活の中で妙なことが起き始めた。
夜、仕事から帰ると、部屋の家具の位置が少しずれていることに気づくことがあった。初めは「勘違いだろう」と思ったが、次第にそのズレが大きくなっていった。
ある日、ソファのクッションが裏返しになっていたり、玄関に脱いだ靴が部屋の真ん中に移動していたりした。
「誰かが入ったのか?」
そう思って鍵を確認しても、問題なくかかっている。誰かが侵入した形跡はないのだ。
深夜の異常
ある晩、僕は疲れて帰宅すると、すぐに布団に倒れ込んだ。時間は夜中の2時過ぎだった。眠気が強く、布団に入ってすぐに意識が落ちた。
――しかし、どれくらい眠ったか分からないが、急に体が重くなったように感じ、目を覚ました。
そして、その瞬間、背筋が凍った。
僕の体の上に――まるで誰かが乗っているかのように、はっきりとした重みがのしかかっていたのだ。
部屋には僕以外の誰もいないはず。布団の上に横たわったまま、僕は恐怖で体を動かせなかった。
電気をつけた瞬間
その重い感覚に耐えきれず、僕は布団から飛び起き、手探りで部屋の電気のスイッチを探した。スイッチを押して部屋に光が灯った瞬間、それは――いなくなっていた。
何もない、静かな部屋。だが、ただの悪夢だったとは到底思えないほど、あの重みは現実的だった。
そして――ふと見ると、押し入れの扉が少し開いていることに気づいた。
「……あれ? 閉めたはずなのに……」
確かに就寝前に押し入れは閉めたはずだ。しかし、その扉は今、わずかに開いている。しかも、その隙間から冷たい空気が漂ってきた。
不動産屋との電話
翌日、僕は不安に駆られ、仕事の合間に不動産屋に電話をかけた。
「この部屋、前の住人って、どういうふうに亡くなったんですか?」
すると、不動産屋は少し歯切れの悪い声でこう言った。
「……あまり詳しくはお伝えできないのですが、前の住人の方は……ええと、押し入れの中で亡くなっていたんです。気づかれたときには、すでにかなり時間が経っていて……」
その言葉を聞いた瞬間、あの押し入れから感じた冷たい空気の正体に気づいた。
僕は、その場で退去を決意した。
最後の夜
引っ越しの準備を急いで進めたが、最後の夜――荷物をまとめ終え、部屋の片付けをしているときに、電気が突然消えた。
真っ暗な部屋の中、僕は固まったまま動けなかった。慌ててスマホのライトを点け、明かりを照らしたその瞬間――。
押し入れの扉が、ゆっくりと音もなく開いていくのが見えた。
僕は荷物をそのまま放り出し、何もかも捨てる覚悟で部屋から逃げ出した。
あとがき
それから数日後、無事に別の物件に引っ越した僕は、事故物件のことを不動産屋に尋ねた。すると、こう言われた。
「その部屋……実は前の住人だけじゃなく、もっと前にも同じようなことが起きていたんですよ。押し入れの中で亡くなったのは、今回が2回目だったんです」
僕はその言葉を聞き、全身が震えた。
あの押し入れには――何かがいたのだろうか。
今でも、あの部屋の押し入れが、新しい住人を待っているのかと思うと、背筋が凍る。
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